「利他と料理」「わかりやすい民藝」を読んで
#本と珈琲とときどきバイク #バイクと出逢うための本屋 #バイク乗りと繋がりたい #バイクと一般人とを繋げたい #利他と料理 #わかりやすい民藝
GWも終わり、緊急事態宣言の延長、オリンピック開催有無の議論等、なかなか世の中の情勢は下向きのまま、光の見えない生活をどこへ向かって歩いていけばいいのか、私も皆さんも手探りのことと思います。
私はこの社会状況の中、会社を辞め、さらには儲からないという本屋を始めようとしているわけで、、、現在無職なので、私も悩みは尽きない日々です。ただ世の中と違って、心機一転でもあるので前向きではありますが。
かといって決して慌てて忙しなく動いているわけではなく、設定した目標に向かってどっしりと構え、粛々と地道に選書しながら、開業までこの時間のあるタイミングで完全に本の虫と化しています。開業が迫ってくれば、自ずとこんなにゆったりしてられないですが、ここ数ヶ月はとにかくどっしりと本を読み、思考を巡らせ、価値観のモノサシを養うようにしています。
今回の読書感想は「利他と料理」です。料理研究家の土井善晴先生と日本政治思想家の中島岳志先生とのオンライン対談を書籍化したもの。土井先生の料理哲学を知る内容となっています。土井先生はいろんなTV番組等でご存知の方も多いと思いますし、私も土井先生の料理にかける想いを好奇心感覚で知りたいと思って何気なく手に取った本ではあります。
ところが驚くことに、この本は話の受け手である中島先生の感受性の高さ、知識の引き出しの多さ、言語能力の高さ、巧みな切り返しがあって、はじめて土井先生の真意を汲み取ることができる秀逸な一冊となっております。中島先生ありきの本と言っても差し支えないでしょう。一般の方では土井先生の思想をここまで深堀りできないし、我々に理解できる言葉で表現すらできない。料理の話がメインとはいえ、そのまま自分自身の暮らしの考え方&生き方にまで想いを巡らすことのできる大いなる全世界的な器を持った本だと思いました。
感銘と共感を受けた最大のポイントは「(和食の)家庭料理からくる美意識こそ美しい」ですね。そして「家庭料理は民藝だ」という考え方です。
以下、作中の言葉を借りながら気になった箇所を記しました。
まず、
高級料理店などで提供される○○という名料理人がつくった洗練された料理は確かに魅力的で完成度が高く目の前の料理が芸術であり作家性がある。これは理解できるのですが、今回フォーカスするのは、日常の中に溶け込み誰でもできる、一般の家庭料理(しかも和食)にこそ美しさが宿っているという視点の話。これを読んで、おっ!なんだなんだ?と前のめりになりました。
自分の名前で美しく美味しいものをつくろうとする作為的なはからいは欧州の発想であって、それが我々日本の一般家庭にまで浸透してしまったことが、家庭料理のハードルを上げ、日々を生きにくくしていると。それよりも淡々と真面目にその日の暮らしを営む。日々の食材に目を向け、じかに触れながら、家族や相手を思って料理をする。その結果、あとから美しさがついてくる。という考え方を土井先生はされていました。
ここで土井先生に影響を与えた、民藝活動の親、河井寛次郎たちは、何か美しいものを自分の名前でつくろうといった作者性よりも、自分の無名性、そういうなかで淡々と仕事をしてできたもののなかに他力というものが現れる。だから民藝というもののなかに本当の美しさが現れるというのが民藝の共通観念と説く。そこに家庭料理と民藝が通じていると土井先生は気づいたわけです。
おいしさや美しさを求めても逃げていく。家庭料理にはそうした作為あるクリエイションは必要ないし、そんなこと考えもしない。土井先生は民藝と出会うことで、それに気づいたそうです。しかも民藝のものは作品ではなくて、一生懸命はたらく道具。しかもどのようにでも使える万能性があるとも。
日々の料理もレシピに頼らずに、人の手が加わる前段階の料理をたくさん経験していけば(例えば味噌汁。味噌を溶くだけでおいしい)、人の力ではまずくすることさえできず、全部自然とおいしくなると気づく。そういった毎日の要になる食生活が、感性を豊かにしてくれる。実は食べることよりも食べるまでのプロセスのなかに豊かな時間があり、その家庭料理の経験の蓄積こそが、人と道具との関係、料理と自分との関係、人と向こうの自然との関係とを繋ぐ大事な時間。和食はとくにプロセスが丁寧で清潔。引き算の考え方で日本的な美意識が自然と身につく。今こそ世界に和食の考え方(美意識)が通用するはずと述べられてました。
とくに子どもたちにとっては、手料理を食べるという経験が、未来への想像力、イマジネーションをはたらかせる力、直観力を養う。まさに「悟性」を育む最高の経験なのだと。
ところどころピックアップしたので、途中の文の流れがなく唐突に受け取られるかもしれませんが、全編読んで頂ければより理解が深まり、「あぁなるほど!」と驚きと納得が同時に押し寄せてきます。
この本を通して、料理の考え方はもちろん、日々の暮らしの考え方、自分の美意識のものさしが何に依存していたのかなどなど、自分の偏った価値観にいろんな方向からメスを入れられますし、自分を俯瞰することもできます。失礼ながら、私自身この本を買った時の勝手なイメージに対して、それをはるかに越す素晴らしい内容の本だと思いました。この本に書かれたこと全てが、我々の日々の暮らしのなかの延長であり、避けては通れないこと。私にとっては、今後の行動が少しでも丁寧になれる、強い影響力のある本でした。ぜひオススメです。
そして、本編に何度も出てくる「民藝」という言葉。この言葉をなんとなくでとらえてはいけません。ここで改めて民藝というものの定義というか、定義しないのが民藝でもあるのですが、民藝とはなんぞやを知るに最適な本もありまして、、、「わかりやすい民藝」です。皆さんが思われるなんとなく民藝ってこんなイメージってあると思いますが、私含めおそらく大半のそのイメージは違っているようです。正しいというか、本来の民藝の在り方みたいなものを理解するのに少しでも近づける本ということで紹介させていただきます。内容こそ割愛しますが、今までなんとなくで思ってた民藝の価値観がガラッと変わり、本来の民藝という言葉の指す意味が見えてきます。ただそこにハッキリと輪郭があるわけではないというのが難しいところ。ぜひより深い理解を得るために読んでみてはいかがでしょうか。
最後に
土井先生の言葉を借りて「料理は民藝」とするなら、私は「バイクは民藝」と言うこともできるなと。バイクは購入するときこそ、〇〇というブランドや〇〇というモデル名の好みから選んでいますが、購入した後の楽しみ方はレシピなどなく、想像力と創造力が働くなと。これは間違いなく豊かな時間であり、各々個人の美意識によってつくられたバイクライフの世界観に、美しさが現れているのだと思いました。
今回はこの辺で。