夢の動機は、純粋で良い
「やばい、ヒゲ剃ったかな」
予定の時間の2時間前、近所のカフェで顎に手を当てる。もし写真を撮ることになったら、ちゃんとヒゲを剃ればよかったなと後悔。
憧れの人に会うというのは、好きな子との初デートに似ているなと思う。
上の空すぎたのか、電車に乗る直前で充電していたMacをカフェに忘れていたことを気づいて、慌てて戻ったくらいだ。
2018年6月30日。平成上半期最後の日、僕はSUSONOというコミュニティのトークイベントに顔を出した。SUSONOでは、毎月テーマに合わせてゲストをお呼びして、ジャーナリストであり評論家でもある佐々木俊尚さんと対談を行う。
6月のテーマは「観る・聴く」。ゲストは、僕が大学時代からずっと憧れ続けている、ベーシストでありプロデューサーでもある亀田誠治さん、通称”師匠”。
6月のゲストがtwitterで発表されてた時、投稿欄を思わず二度見、三度見としてしまった。
亀田師匠は僕にとって他のベーシストとは一線を画す、特別なベーシストだ。というのも、全くのど素人の状態で入った大学の音楽サークルで、初めてベースを弾いた曲が東京事変の「閃光少女」という曲だったから。元々ギターをやりたいと思ってサークルに入ったのに、この一曲のせいでベースにはまり、さらに東京事変の楽曲にはまっていった。
それからというのもの4年間のサークル生活の中で4、50曲くらいは東京事変の曲をコピーした。自分が引退するときも勿論、東京事変。師匠が好きすぎて、貯めたバイト代で師匠と同じYAMAHAの白のベースも買った。人生で1番高い買い物だった。
Youtubeで事変のライブ動画や師匠のベースをコピーしている人を何度も何度も見て、音作りをできるだけ近づけるように真似をした。ベースを弾くためのピックもベースとアンプを繋げるためのシールドと呼ばれる機材も全部師匠と同じにした。流石に、音色を変えるためのエフェクターまでは揃えらなかったけど。
東京事変の解散ライブの時、初めて師匠を生で見て、閃光少女を弾いている姿に思わず感極まり初めてライブ会場で涙を流した。
そんな風に片思いをし続けて7年。まさか生で、しかも1mも離れていない距離で師匠に会えるとは思っていなかった。
80人ほどが入る小さなイベントスペースに現れた師匠は、良い意味で数々の名曲を生み出してきたプロデューサーとは思えない、柔らかな空気を纏っていた。決して気取ることなく、終始ニコニコしながら話を進めていく。師匠はご自身のことを”永遠の中御所”と名乗っていたが、その言葉を本当に着ているかのような物腰だった。
師匠の言葉で特に印象に残っている言葉がある。佐々木さんが「なぜ音楽で食っていこうと思ったのか」という質問をしたときのことだ。
「やっぱり、音楽で人の心を動かしたい。感動させたいと思ったからですかね」
言葉が質量を持ったかのように、僕の心に響いた。
ドクン、と心臓が鳴った。
それは、あの亀田誠治さんですら、ずっとこんなに純粋な思いで音楽を続けきたのかと思ったから。「人を感動させたい」それ以上でも以下でもない気持ちを持ってもいいのだと、自分が許された気になったから。
自分の書いた言葉で人の心が動いたり、感動してくれたら、嬉しいな。
そう思ったのは、就職活動が始まった大学3年生の頃だった。演劇6年、バンド3年、と学生時代お客さんを感動させて、楽しませることに費やしてきた自分にとって、「人の心を動かすきっかけを作る」それ以上にやりたいことなど到底見つからなかった。演劇で食っていけるとも思えないし、バンドはアマチュアレベル。残った選択肢は「書くこと」だった。そこから何と無くコピーライターに憧れて、貯めたバイト代でコピーライター養成講座に通ったりもした。毎回のお題で優秀な人に送られる「金の鉛筆」をもらえたのは1回だけだったけど、コピーを考えている時間はとても楽しかった。
就職した今でも、やっぱり自分が作り上げたもので人を感動させたい、という思いは消えない。「どうして自分はこんなにも書きたいと思うのだろう」と考えても考えても、行き着く先は同じ。自分よりも高尚な理由を持って、何かを作っている人たちを見ると、自分の動機がちっぽけに見える時もあった。自分の作ったものが誰かの背中を後押ししたり、「次の日も頑張るか」と思ってくれる。それだけではいけないのだろうか、と悩んだりもした。
やりたいこと”だけ”をして生きていけないことは、流石に理解をしてきた。やりたいことをやるためにはやりたくないことをやらねばならないし、適切な手段と正しい努力がなければ、夢には近づかない。戦略は大事だ。周りが自分よりも早く夢に追いついても腐ってはいけない。
だけど、夢の動機だけは純粋でも良いのだ。誰かに馬鹿にされようと、そんなの無理だと言われようと、現実を見ろと非難されても、その動機だけは誰にも変えられないし、奪えない。
「やっぱり、音楽で人の心を動かしたい。感動させたいと思ったからですかね」
師匠のこの言葉に出会えて、大げさかもしれないけど、自分の動機を「それで良いのだ」と、少し肯定することができた。
イベントの後の懇親会。短い時間ではあったけれど、師匠は声をかける一人一人にしっかりと耳を傾け、声をかけていらっしゃる姿が師匠の人柄を表しているなと思った。
これまでは音楽の師匠だったけど、これからは人生の師匠にもなった亀田さんは、やっぱり最高のアーティストだ。
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