映画「1917 命をかけた伝令」美しいもの
※ちょっとネタバレあり。ただこの映画は映像を観ることに価値があるので文章で内容を把握してもあまり問題がないかと思います。
映画「1917 命をかけた伝令」を観た。
あらすじは簡単。
第一次世界大戦の戦闘地域でイギリス兵2人が上官に呼ばれる。離れた別の部隊に重要な命令を伝えてこいという。タイムリミットは翌朝、日が昇るまで。伝令を任された二人は、戦場を駆け抜け目的地を目指す。
みせ方が変わっている。
全編ワンカット。本当のワンカット撮影ではなく、編集でつなぎ目無くワンカットにみえるよう作っているとはいえ、本当にワンカットにみえる。伝令の兵士が塹壕の通路を歩いて上官と話して部屋を出て、またどろだらけ負傷兵だらけの通路を喋りながら歩いて出発して有刺鉄線を超えて...途切れない。彼らと同じものを目にし、同じ時間を過ごしている私たちは、戦場にいるので緊張してくる。
この映画の一番のねらいはそこだと思う。戦場にいる緊張感、臨場感、没入感。その点でやっぱり大画面、大音量の映画館で観るのがおすすめ。スマホの小さい画面で観たり、家族に話しかけられたりLINEの通知がなるような環境で観た場合とでは満足度が桁違いだと思う。
+++
ワンカット映像でリアルな戦場を再現しているので、説明的な会話は無し。時間軸が戻る回想も無し。
伝令役の主人公のこれまでの人生とか、祖国に残した愛する家族とか、普通の戦争映画なら定番のエピソードも会話やしぐさの端々で匂わせるだけで明確に知ることはできない。
そもそも何のために戦っているのか、なぜ戦っているのか、誰のために、そんな主張がない映画だった。
だから、戦争の無意味さが際立っていた。
戦場にいる兵士たちは、殺さなければ殺されるから戦う。戦争が終われば家に帰れるから戦う。戦争の始まりは、領土を広げるとか片方がひどいことをしたとか何かしらの政治的目的やきっかけがあったはずでも、戦場ではそんなこと関係なくて、死にたくないから戦う、ただそれだけ。それはきっと敵側も同じで、最後の一人になるまで終わらないのではないか。
”せーの”でやめればいいのに。
戦争を、”せーの”でやめてみんな家に帰れたらいいのに。映画を観ながらずっとそう思っていた。
+++
映画の舞台は第一次世界大戦の最前戦。両軍とも広い野原に塹壕を掘って基地とする。戦いの時は銃を持って突撃。誰もが泥まみれで、どこにでも死体が転がっている。だから画面には心沈むようなものばかり映る。
その中で美しいものが3つ、際立っていた。
花、赤ちゃん、歌声
最前戦から少し離れると、必ず花が咲いている。塹壕を掘るために荒らされた大地にも、この戦いが終わった後はまた花が咲くのだろう。
伝令の途中で出会う赤ちゃん。どんなに過酷な状況でも、赤ちゃんは無邪気に笑っている。
突撃前に兵士たちが森の中で仲間の歌声に耳を傾ける。美しく幻想的な歌声が響いている間は、戦いのことを忘れていられるようだった。
自然と、生命と、芸術。これらの美しいものたちと、戦場との対比が印象に残った。
+++
基本は怖くてハラハラドキドキ、精神のカロリーを消費する作品。総合的には観る価値あり。せっかく観るなら映画館がおすすめです。
+++