【掌編・手紙】そろそろ忘れた頃だろうから/あなたへ
あなたへ
きっと、互いの判断は正しかったと思います。
あなたにそれを知る術は無いのだけれど。
すみません、挨拶が先でしたね。手紙なんて初めて書くものですから。
お久しぶりです。お元気でしょうか。
何よりも先に二人の別れについて書いたのは、この結末が最も優れていた、そうでなければ困ると、強く思い込みたい身勝手な私の都合です。あなたは最善を選びました。あなたの幸せを心から願う私にとって、これほど喜ばしいことはありません。
少し、白々しいでしょうか。
さて、この手紙をあなたが読むことはないでしょう。私はあなたに宛てて、あなたが読めない手紙を書きたいのです。言葉にしたら全部が無駄になってしまうことを、自己満足のために書きたいのです。あなたを前にしてしまうと、私はいつだってつまらない冗談しか言えませんから。
私の振る舞いは、あなたにどう見えていましたか。
不愉快でしたか。もしかしてすべて知っていましたか。
最後まできちんと、私はあなたを騙せていたでしょうか。人懐っこくて、がむしゃらで、服のセンスが無くて、お喋りで、時に軽薄で。そんな人間に見えていましたか。自分では上手くできていたと思っています。ただ、あなたは普段ぼんやりしているのに、変なところで勘の鋭い人でしたから。
今でもずっと、そのことだけが気がかりです。
それでも、これだけは本当に信じて欲しいのですが。私はあなたとの時間が何よりも大切でした。例え茶番でも、この幸せは続いていくと、どうか続いてほしいと。笑われるでしょうけど、本気で神様に祈っておりました。何でもいいから、奇跡が起こってほしかったのです。
結果はあなたと私が知る通りです。
別れた後で。あなたの知らない場所で、とうとう私が病に倒れたとき。お医者様の話を聞いて、あまりの嬉しさにその場で叫び出したくなりました。「ほら、ほら!やっぱりだ!間違ってなかった!正解だったんだ!」と。あなたのことを守れたと、私はなんて強い人間なのだろうと。
もちろん、すべて錯覚だと分かっています。
付き合わせてしまってすみません。
遺伝的な病だそうです。私は生まれつき体が弱く、長く健康ではいられないと。義務教育を終えた頃にそう告げられました。あなたと一緒にいるときの私は、知らないうちに病が治ってしまうことが不安でした。あなたを突き放した後で、ずっと、ずっと後悔するでしょうから。
私は悪化する直前に、あなたに別れを告げることができました。あなたはそれを受け入れてくれました。これ以上無い、最善の結末だと思います。
最初からハッピーエンドなんてありませんでした。
私はそれを知っていて、あなたを巻き込んだのです。
あなたを守った気でいました。あなたを助けた気でいました。
私は、救いようのない愚か者です。
あれから6年が過ぎました。あなたと出会ってからだと、およそ10年になります。もうそんなに経つのですね。アパートの横の、建設中だったコンビニは、とっくの昔に開店しているのでしょう。「便利になるね」と、フェンスの前で話していた日を思い出しました。あなたは食べることが好きでしたから、ついお菓子を買い込んでしまわないか心配です。
本当はもっとたくさんのことを書きたいのですが。このあたりで一度、筆を置きます。また手の痺れが引いてきたら、二通目を書くかもしれません。書かないかもしれません。ごめんなさい、今は分かりません。
願わくば。あなたがこの手紙を読まず、何も知らず、知らない場所で、知らない人と、幸福でありますよう。心から。本当に心から、そう思います。
p.s.
今日、いつのまにかあなたの名字を忘れている自分に気づきました。時間をかけて、なんとか思い出せました。
p.p.s.
そういえば、私はあなたに愛していると言ったことがありませんね。あなたに言えないのなら、きっと一生言う機会は無いのだろうと思います。
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