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時空給食・鳥取城攻防編(さわりだけ)
改訂版・冒頭の部分をちょこっとご覧にいれましょう。
※校正前のラフ原稿なので誤字など訂正される可能性があります。
2048年、赤穂
銀波が放つ光はときに眩しく、ときに暖かだった。
瀬戸内。海に向かって開いているモダンなデザインの露天風呂。
湯船の前に立つ白髪の老紳士が立ち上る湯気越しに水平線に浮かぶ島々を眺めている。
「この絶景は変わらない」
1951年から続いているというこの宿この景色。
そう。彼が初めて観たのは1978年のことだった。
ここは兵庫県赤穂市。
あれから60年の歳月が流れた。
いま85歳。彼の仕事は「教祖」である。
隣室から入ってきた秘書課長の前島が声を掛ける。
「教祖、そろそろお時間です」
「もうそんな頃合いか。もう少しこの景色を観ていたいものだが」
「左様ですな。まさしく絶景かと」
「前島くん、あれから何年経つかな」
「は?あれからと申しますと」
「西中島だよ」
「あー、かれこれ25年ほどでしょうか」
「あの頃は連中のことを新興宗教だと揶揄していたものたが」
「こちらが本物の教団になってしまいました」
「人生というのは全くもって不思議なものだね」
「本当に」
いま人生の終盤を悟りつつある教祖。
彼の名は榎田信衛門。揺れ幅の大きな人生が何事にも揺るがない大山(たいざん)のような精神力を形成したと云われている。
だが時として老人は過去を振り返りがちだ。
別室で始まった商談は、彼の個人史の懐古から始まった。
「あの頃わたしは経済的にどん底でしたから」
「そんなこともありましたなあ」
高級感あふれる革張りのソファに榎田教祖ともう1人の老人が対峙がしていた。
「あれは蛍池の駅前ですよ。確か白木屋‥そう、居酒屋の白木屋であなたが手渡してくれた12万円入った封筒。あれは忘れておりません」
「そんなことありましたっけ」
「あれには助けられましたよ。当時、西中島と大喧嘩しはじめて、それに傾注するあまり、収入が途絶えてしまっていた」
「共に苦楽を味わいましたなあ」
「改めて感謝申し上げます」
「やめて下さい、昔の話ですから」
「はい。ところでマツダさん、どうしたんです?随分お痩せになりましたが」
「はい。食事制限をしましてね。贅肉30キロ落としましたわ。お陰で肉体年齢は50代ですよ」
「そりゃすごい!」
「そこにいる前島くんはまたまた増幅ですよ」
「え?わー、気付かんかったわ。前島くんやないの!」
「教祖、悪すぎます」
「今何キロなん?」
「百キロですが‥いいじゃないですかー私のことは。ささ、話を進めて下さい話を」
2020年頃のこと。3人は「西中島」と呼称される新進政治家を支える仲間であった。
マツダは演説会場のディレクター、前島は秘書、そして榎田は広報プロデューサーとして活躍した。
当選後「人格」が豹変した新進政治家と袂を分かち同者の不正義を正す闘いを始めた。
新進政治家とその政党は今はもう無い。
が、闘いの中で築かれた3人はいわゆる「戦友」であった。
「榎田さん、この企画書をまずは観て下さい」
マツダがテーブルに置いたゴルフボールサイズの球体。その上に女性アナウンサーの3Dホログラム映像が投影された。
ホログラムが語り出す。
『時空をコントロールするマツダ・タキオンホールディングスへようこそ!時空旅行をクリエイトする弊社のサービスをご紹介致します』
10分ほどの3Dプロモーションムービーであった。
「榎田さん、いかがでしょう?教団の新たなアクションとしてピッタリではないかと」
「要するにタイムマシンということですな」
「社名にもあるタキオンという粒子。これをコントロールする技術、もちろんこれは当社の特許ですが、過去と現在を自由に行ったり来たりが可能です」
「前島くん、この見積り、どう?」
「思ったよりかなり安いですね。マツダさん安全性はどうなんですか?」
「全く問題なしです。実は私、先程平安時代に行きまして紫式部を見てきたところです」
「へーー。そりゃすごい」
「これを何に使うか?その動機づけだね」
榎田の眼光が鋭くなった。
何かが閃いたであろうことをマツダと前島は見逃さなかった。
「わかりました。2日ほど頂けますか?企画の意図を練ってみます」
「ありがとうございます」
「ようやく12万円の借りをお返しする時が来たようです」
その夜は、この宿自慢の海鮮料理での宴席だった。
「失礼致します。当館の女将でございます。本日は遠路お越し頂きまして誠にありがとうございます。大女将が一言ご挨拶をと申しておりまして宜しいでしょうか」
「もちろん。ささ、どうぞ。マツダさん、驚くよ」
「え?どういうことで?」
年相応の枯れた絵柄だが高級感漂う和服に身を包んだ老婆が微笑む。
「マツダさんしばらくです。キラウエア裕子です」
「えーー!これはこれはお懐かしい。ご無沙汰しておりました」
「おどろいたでしょ。此処は当教団の保養所にもなっていてね、キラ裕に大女将として働いてもらってるんです」
「いやーお元気そうでー」
「元気過ぎて困ったもんです」
「前島くーん!」
「あっはっは。懐かしいコンビネーション。いやー驚いた。ところで他の面子はどうしてますかねー」
「イペリット上田くんとマウナケア詩音さんは此処で暮らしてます。上田くんは5年前まで宴会担当でね。むかしあれだけ口下手だったのに還暦過ぎたら喋りの達人になっていた。詩音姐さんは今でも敬老会のアイドル」
旧交を温める宴は深夜まで続いた。
流石に80代の榎田とマツダはそれなりに抑えているが、まだ50代の前島はかつてのマツダのような食欲である。
「いやー食べましたわ」
「前島くん、相変わらず君の食欲は凄いねぇ」
「いやあマツダさんほどではないですが」
「しかし見給え。こんなに余ってしまった。大女将、些か出し過ぎではないかね」
「まだまだ若手の榎田教祖にお食べ頂くと言って前島くーんが」
「私を殺す気かね」
「ははは」
テープル上のおにぎりを手に取った榎田。
「それにしてもこの余った料理。どうするのだ?‥は!」
「教祖。何か閃きましたか!」
「うむ。だが今夜はもう遅い。明日、皆に話をさせてもらおう」
1581年、鳥取城
秋の気配が近付く鳥取城内。
城兵、領民らで埋め尽くされている。
豊臣秀吉の大軍がこの平山城(ひらやまじろ)を幾重にも取り囲み、蟻の這い出る隙間すら与えぬ攻防戦が始まり早4ヶ月が過ぎようとしていた。
城の外柵に縋(すが)るように骨と皮ばかりになった領民が豊臣軍を恨めしそうに見つめている。
それを嘲笑うかのように豊臣の各陣では随所で鉄鍋に魚・山鳥・野菜など滋味あふれる食材をふんだんに使った戦国鍋が湯気を上げていた。
「おーい!食いたかろー!早く城から出てこいやー!食わせてやるぞー!」
「うわー美味いわー!いい出汁が出ておる。冷えた身体にはこれが一番じゃ」
柵に縋っていた骨と皮の領民たち。決して口にすることのない鍋を見てもどうしようもない。諦めたのか、あたかも蝸牛の動きよろしく、極めてゆっくりと立ち上がり、ズルっズルっと足を引き摺りながら城の奥に戻っていく。
「それにしても秀吉様はなかなか酷いことをなさるものじゃ。このまま飢え殺しになさるご所存」
「我々は戦(いくさ)をせんで良いので楽ではあるがのう」
「あやつら幾日も持つまい」
ズルっズルっと足を引き摺りながらゆっくりと歩を進めてきた骨皮の領民たち。物置小屋の開いた木戸から室内に入っていく。
「ふう、疲れたわい」
「吾助どん、此度の芝居はなかなか真に迫っておったのう」
「言葉を出さずぼーっと見ておる方がいかにも飢えた感じがするじゃろ」
「なるほどのう、よう学んでおるのう」
部屋の奥にはこの時代には似合わない洋風の大テーブルが置かれていた。歴史考証の専門家が見たら卒倒しそうな光景である。
「みなさんお疲れ様でした、こちらに飲み物とお料理、用意してます。ささどうぞ!」
ついさっきまで飢え死に寸前の様相だった彼ら一座は、土気色の顔をクリネックスのティシュで拭き去ると、そこそこ小ざっぱりした張りのある表情になり、蝸牛の動きが嘘のようにまるで仔山羊の俊敏さでテープルについた。
プシュ!缶コーラである。
グビっグビっと喉を下りてくる冷えた缶コーラ。
「ひーーー!うまい!ひと仕事した後のコークはやっぱ最高じゃて」
「ほんでもってこのチキンよ。わしゃこげな美味い鶏をついぞ喰ったことがない」
「おい、そこなポテトをとってくれい」
「ビスケットもありますよ。このメープルシロップをかけて」
「このメープル、蜂蜜とはまた違うてなーこの甘さがたまらんわ」
「そこなコールスローをとってくれんか」
此処に居る面々は鳥取城内に押し込められた領民の中から「食べても太らない体質の民」を選抜したその名も『劇団飢餓』である。
「あ、教祖様じゃ」
「あ、皆さんそのまま、そのまま。どうぞゆっくり召し上がって下さい」
「ほんに美味いですじゃ。戦が始まって儂らは死ぬしかねえと思っとったんじゃが、まさか城の中でこげなええ思いが出来るとは思ってもおらんでしたじゃ」
「沢山食べて元気でいて下さい。もうじき戦は終わるはずです」
(ここまで)
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