映画感想『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』
みなさんがアクロス・ザ・スパイダーバースを観ている間に私は青ブタを観てきました。
このシリーズ、他作品でたとえると物語シリーズ的な会話劇+不思議現象が繰り広げられるわけですが、今回はどちらかというと思春期症候群よりも普遍的な『自身の選択と未来』にフォーカスして、『誰にでも起こりうる苦しみ』を描いている感じでした。
というわけでネタバレ感想します。
舞台挨拶ライブビューイング付きで観たので、そこでやっていた好きなシーンを語る流れに倣って私も好きなシーンを挙げてみます。
いろいろ考えていたのですが、思いついたのが花楓が高校までやってきて願書を出すシーンでした。
いや、咲太がトイレに行くふりして花楓を待つところもよかったのですが、私が印象に残ったのが、なぜか事務所の受付係の人なんですね。
このシーン、花楓が手に傷を負っているのでそれを隠すために手袋が外せず、入学願書を何度も掴み損ねます。でも、受付の人はフラットに応対して受け取ってくれます。
事前に咲太が「妹が来るはず」と訳ありっぽい説明をしていたし、大人なのだから仕事は当然やってくれるだろうというのはそうなのですが、この受付の『ふつうの演技』がなんかいいなぁと思ったのです。
ここ、花楓が身内以外の人間と初めて相対するシーンなんですね。スクールカウンセラーの先生とか麻衣とかは身内として。この直前、花楓は峰ヶ原高校の学生とすれ違っていて、それによって足が止まり、なかなか次の一歩を踏み出すことができていませんでした。
引きこもり歴がある程度あると、誰もが自分に注目しているような気分になってしまうんですよね。ここでも、女学生は花楓のことなど気にも留めていないはずですが、どうしても花楓にとってはプレッシャーになってしまっています。
しかし、願書提出の際には、上述のようになんとか提出して受け取ってもらい、ちゃんとコミュニケーションに成功しています。
この映画で花楓は何人かの初対面の人物とやり取りを果たしており、その最初の1人が受付の人です。咲太が心配すぎて校舎の外まで様子を見に来てしまったように、私も花楓のチャレンジの成功に注目していました。その上で、受付と『ふつうに』会話をし、目的を果たすことができた、という点に何かしらの感動を覚えたのでしょう。
本作品は、出てくる人間が軒並みいい奴です。そのいい奴っぷりがさりげなく、サラッと流されているので嫌味がない。花楓の異変を教えてくれる担任の先生だったり、快く自分の経験を共有してくれるづっきーだったり。
案ずるより産むが易しというように、誰か外の人間と触れ合い、新しい情報や感性を知ることで閉塞していた事態が改善に向かうことはあります。ただ、知ることでかえって自縄自縛に陥ってしまうこともまたあり得るものです。
花楓は、自分の知らない『かえで』が残したノートに『兄と同じ高校へ行く』と書かれていたことから、それを自分の目標としてしまいました。そこには、『かえで』のほうが兄を始めとする周りの人間に愛されていたのではないかという疑念と焦燥がありました。
しかし、『かえで』と花楓に価値や好悪の差はないとこの作品は宣言します。づっきーが言うように、どちらも『花楓』を構成している要素なのです。
咲太の発言が印象的です。『かえで』も花楓も、どちらも「ふつう」。
自分が苦しいほど悩んでいるとしても、相手にとってはなんてことのない、当然受け入れるようなもの。そういう世界の優しい側面と、過去と今を直接比べることの不毛さを教えてくれる。
もちろん、づっきーが通信制高校に転学する前と後、どちらも好きな自分だと言っているのと同じように、花楓が『かえで』を受け入れることができるかはわかりません。記憶なくしてたわけだし。
しかしここに『他者の存在』を加味すると、これまでただ怖いだけだった存在が、自分を肯定してくれるものになる可能性が見えてきます。
自分一人では測り難かった『かえで』との距離が、他者の目を通すことでなんとなくしっくりくるものになる。そんな花楓の成長を描くための『おでかけ』だったのかなと思っています。