12/10『墾田は永年の私財』そこはかとなく日記
生活が午後スタートにずれ込んでいる以外は、肉体的にも精神的にも社会的にも割に充実した1日。
起きたそのままの姿勢で仕事をし、その後も頼まれ事で寝床作業。良くないね。
仕事が一段落すると、ストレッチと体幹トレーニングをして、溜まった家事を消化し、軽く掃除するという健康習慣の連続記録を更新。
きのうの残りの鍋を温めて、白菜とネギを追加。意識のハッキリした白菜の山の中、ひと晩寝かされてクタクタになった茶色い白菜を発掘するとちょっと嬉しい。
夕方からバイトの面接があったので、早めに支度開始。ダークトーンの服、黒々とした髪の艶、メイクは控えめで、リップははっきりとした色を。見た目だけは世界に負けないようにした。
颯爽と田舎町を闊歩してバス停へ。日が落ちた後の、夕方と夜との僅かな隙間に足元をすくわれないように、背筋をぐんと伸ばして歩いた。
とっても具体的なシフトの話をされたので、この面接は勝ちだと思う。今年は年末年始の帰省をやめて、バイトに捧げようと思う。圧をかけられたから引けなかった。嗚呼浜松よ…
私は第一印象だけはめちゃめちゃに良い。後でがっかりされることもあるけれど。愛想が良くて損したことはあまり無いと思う。昔は無意識ににこにこしてしまう自分が嫌だったし、心がすり減っていくような感覚があったけど、今はそうでもない。
ムスッとしているよりも、にこにこ聞いている方が話しやすいと思う。自分が「相手に気楽に話してほしい」から愛想を良くするのであって、相手に迎合しているのとは違うと結論付けてから、やっと素直に愛想をふりまけるようになった。一周回って納得した。
帰りのバスはギリギリのところで行ってしまった。よくあることだ。
近くの洋菓子屋さんにふらっと立ち寄ったら、またお金がなくなった。代わりにたくさんの糖分と脂質がかばんに入っていた。
次のバスまで45分くらいあったので、本屋さんで待つことにした。落合陽一の「忘れる読書」が欲しかったが、現金が糖分に変わっていたので買えなかった。帰ったあと電子書籍版を買った。
ものすごくボリューム感のある一冊だった。本屋さんで手にとったときは、すぐ読めそうだと踏んでいた。そんなに厚くないし、タイトルからノウハウ本の類だと推察したから。
ざーっと読むのにも時間がかかった。自分にレセプターの無いような話題で溢れており、自分の浅学さに唖然とした。
テクノロジーやサイエンスの視点は、自分とは全く接点の無いものとなんとなく思っていた。しかし落合さんは、禅や古典や文学やマンガからのアプローチも積極的に行いながら、理系の分野で活躍されている。
言ってること、ふわふわとはわかるし、共感する箇所も部分的にはある。でも、圧倒的に教養が足りなくて、思うように読めない部分が多かった。悔し〜!
日本のノリ、なんか気持ち悪いなと思いながら、自分でどこのなにが嫌なのか上手く言語化できていなかった。そのキモさを読み解くキーになりそうな書籍がいくつか紹介されていた。早速買ってしまった。
自分の文脈で読む、というのは既になんとなくできていると思う。ただ、それはまだ幼児の手遊び歌くらいの領域での話。まだまだ地盤がゆるゆる。
来年1年は、読書の年にしたい。まだ何か生み出すには、世界への理解が甘すぎる。いずれ育ちゆく作物を夢みながら、脳内の土壌を耕して、未知の領域を開墾していきたい。
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