えんむすび喫茶館 第8楽章

【偶然】

実に声を掛けられた。

糸はあまりに思いもしない唐突な出来事に
鳩が豆鉄砲を食らったように呆然としていた。

「ごめんなさいっ」
雅子は言い放ち走り去ってしまった。

「雅子!」
糸は気が動転していた。

実に恋心を抱いた瞬間から
光の伝わる速さで
糸の感情にも変化が出て来た。

感受性が研がれて来たのだ。
冷静さを取り戻し、
泣きながら座り込んでしまっていたのを
思い出した。

実は手を差し出した。

「大丈夫?」
低く甘い声、
無表情で糸に声をかける


「は、はい、」
糸は心はうろたえたが
平静を装った。

大きな温かい手、
一瞬だったが
幸せな気持ちだった。

実はにこりと微笑んだ。
初めて実の笑顔を見た。
心臓の音と動きが激しくなり、
心の動転が始まる。

「失礼ですが、お名前をもう一度教えていただいてもいいかな?僕はなんでもすぐに忘れてしまうから、申し訳ない。」

「朝友糸です。」

「糸さん、どうもありがとう。
妹さん、ご家族が心配するから、
家まで送るので帰りましょう。」

「いえ、実さんのアトリエを拝見したいです」

これは雅子が折角作って下さった機械だから
無駄には出来ない、

今までの糸ではない、

糸自身の環境が目まぐるしく変わっているのだ

いや、糸自身が変革しようとしているのだ



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