平安のホッケー?~毬杖と印字打ちに見る血みどろの闘い
はじめに
縦書き・横スクロールで無限の空間が用意できるウェブサイトならば、本来の絵巻物の見方が可能ではないか。そう考え、「横スクロールで楽しむ絵巻物」というウェブサイトを制作しました。このノートでは、本来の見方で絵巻物を眺め、発見した魅力を書いていきます。
「年中行事絵巻」に描かれた血みどろの闘い
「年中行事絵巻」は後白河法皇時代の平安末期に制作された、宮廷の年中行事を描いた絵巻です。宮廷の行事を扱っていながら、京童の姿が生き生きと描かれており、見ごたえがあります。
当時の天才絵師であった常盤光長(「伴大納言絵巻」の描き手)の作品とみなされるこの絵巻は、人物の描写に躍動感があり、マンガ風の流線表現も見られ、いまから千年ほど前の作品でありながら、古臭さはまったくありません。
https://emakimono.com/annual-events-handscroll_16
さて、その「年中行事絵巻」のなかに、「印字打ち・毬杖」を扱った巻があります。印字(いんじ)とは石を投げあって遊ぶこと、そして毬杖(ぎっちょう)とはホッケーのような遊びで、スティックで毬を打ち合う遊びでした。「光る君へ」第七回で、道長たちが馬上でホッケーのような競技を披露するシーンがありましたが、庶民も路上で、同じような遊びに興じていたのでした。
絵巻に描かれた印字打ちは、川を挟んで両陣が向かい合っているようですが、大人・子供が入り乱れ、剣や槍を持っている者も大勢います。ついには喧嘩に発展し、複数人が血みどろになって倒れこんでいます。死者や負傷者がでることや大規模な喧嘩に発展することも少なくなったようです。スポーツというよりは、ハレの日に行われた祝祭的なイベントで、祭りのように老若男女が参加したのでしょう。
絵巻物に描かれたスポーツの光景
「鳥獣人物戯画」丁巻にも、毬杖と印字打ちの光景が描かれています。「鳥獣人物戯画」は、もともと動物が人間を真似て遊戯に興じる様が描かれてる絵巻でしたが、巻を重ねるにつれて、人物も登場するようになります。丁巻には、毬杖や印字打ちのほか、流鏑馬や田楽も描かれています。鎌倉時代の作品ですが、絵師は「年中行事絵巻」を参照していたのでしょう。
また「鳥獣人物戯画」丙巻や「奈与竹物語絵巻」には、蹴鞠の様子が描かれています。蹴鞠は貴族の上品な遊びと思われがちですが、夢枕獏さんの『宿神』など読むと、現代のサッカーにも似て、競技性の高いスポーツの要素を持っていたことに気づかされます。『宿神』の主人公、西行こと佐藤義清は、出家以前に蹴鞠の名手として鳴らしました。和歌ばかりではなく、運動神経も秀でていたようです。
おわりに
平安時代のスポーツというと、蹴鞠に代表されるように、上流階級の嗜みといった印象を持ちがちです。けれど、「年中行事絵巻」に見られる血みどろの印字打ちや毬杖は、現代のルール化されたスポーツよりもずっと危険な遊びだったようです。
現代まで続く最古の「スポーツ」と言えば大相撲です。そのルーツは野見宿禰と当麻蹴速の殺し合いですし。大相撲は「スポーツ」化することにより生き残りましたが、印字打ちや毬杖はそのような競技性を持った発展はせず、かろうじて神事のなかに名残をとどめています。
平安時代は日本史上はじめて、泰平の世が実現したらこそ、人々は危険な遊びに熱中したのかもしれませんね😘