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自由な小鳥たち
いつも家の窓から見える瓦屋根で遊んでいる事が多いスズメたち。その姿は、スマホの望遠でようやく見ることができます。
僕にとってはとても遠いこの距離が、スズメにとっては一瞬で詰められる距離だということを知った記事です。
デジャブな声
鳥「チュン、チュン
わーまた、遊びに来ているんだな。
昨日まで雨だったし、久しぶりの日光で程よい暑さだから、楽しんでいるのかな?
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スズメたちはいいなあ、空を飛べて。気持ち良いんじゃないかな?
でも敵も多いだろうし、自分なんかが急に空を飛べるようになったら、鳥かごで生きていたカナリヤのように、速攻で天敵にやられてしまうかも知れないな。いやそれは自分がとろいだけで、カナリヤはちゃんと逃げられるのかも・・・。
あれこれ想像の世界に首を突っ込み始めたところに。
スズメ「チュン、チュンチュン
ん?なんだかさっきより声がでかいぞ。
だいたい今、窓も鍵も閉めているというのに、あの位置からこの音量で聴こえることは異常だぞ。
そういえば以前、ソーラーパネルに鳥の糞を付けられた日にも、この音量でヒヨっぽい声がしていた気がするなあ。
そう思ってそっとカーテンをめくると・・・。
スズメとの遭遇
本当に目の前、ベランダのフェンスで2羽のスズメが遊んでいるじゃないですか!
1羽はすぐに気がついて、ちょっと焦りながらいつもの屋根の方向に飛び去り、残った1羽はまだいます。
スズメ「カサン、カサン
鳴きもせずに何かを夢中でついばんでいます。そりゃもう僕の存在が1mもないところに立っているというのに、まったく気付かないんだか「あんなの気にすることはない」と判断してるんだか判りませんけど。
どうもソーラーパネルを吊っているステンレス製の結束帯がキラキラしているから、それがもう気になって気になって仕方ないのかも知れません。
結束帯は複数あるし、それが原因で外れてしまうようなことはないでしょうけど、糞をされる可能性はあるかも。
可愛いよお
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流石にカメラを構えるゆとりはまったくなかったので、フェンスのスズメを写すことはできませんでした。
ところで「なにかに夢中になるスズメの姿」を見て、どうしてこんなにも「可愛い」って思うのでしょうか?そして自分と遊んでほしいなとかも思ってしまうのでしょうか?嫌がらずに振り向いてくれたら、きっとそれだけでとても幸せに慣れそうな気さえします。
でもなんでそんな風に思うのかが判らない。脳が何かを勘違いしてしまうのか?それともDNAに備わっているルールでもあるのか?
ついでにこういった場面でえんじろうは、なぜか自分が遊んであげるという言葉は出てこないんですよね。いつも遊んでもらうような、それもただの受け身でなく遊んで頂くような相手に主導権があるような考えをしてしまいます。なぜか人間以外に対しては、ほぼそう考えてしまいます。
しばらくしたら(と言っても1分も経っていない)流石に他のスズメのところに飛んでゆきました。
素晴らしい飛行力
そして自分で行こうと思ったら相当大変な、窓から見える屋根。それも斜め向かいなので結構距離はあるのですが、そんな距離を一瞬で渡ってしまえるスズメは、本当にすごいなあと思います。あれならいつも行くお店も60秒かからないんじゃないだろうか?
世界は体の大きさに準じて、その規模が違って見える。僕は他の生き物を見るたびにそう思ってきましたが、実はそうではないのかも知れませんね。
世界は自分の移動距離に準じて、その広さを感じている。こうなのかも知れない。
本当のことなんて、鳥になるまで判らないけれど、えんじろうからしたらスズメってすごいなあと思うわけです。
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餌付けとか
たまに野生動物に餌付けしたり、それをYouTubeなどにアップする人がおられますが、えんじろうはそれはやりたくないと感じています。
ただでさえ野生の世界を侵食して済んでいる人間社会に、それでも場所を選べずに溶け込むように入り込んで生活しているのです。それをこちらの都合でコントロールすることは、これ以上したくないと言う考えです。
でもソーラーパネルを吊り上げる結束帯が、スズメにとって放ってはおけないほど気になって気になって仕方のない存在になってしまうのならば、それも野生への干渉になってしまいますね。
今のところ本当に年2回くらいな感じなので、たまたま気になったというだけだと思っていますが、今後も要注目です。