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ちょっと厄介な順応力

人は暖かい部屋に入った瞬間に「わー温かいなあ」と感じる。しかし同じ部屋にいつまでも居続けると、いつの間にか部屋の温かさを感じなくなってしまう。
同じ要領で、自分の家の玄関の匂いというものは気にならないものであるが、他人の家に上がり込んだ途端に玄関の匂いが気になったりもする。やかましい地下鉄の音も、数駅乗っているうちに少し慣れてしまう。
これらは人間の体に備わった順応という力の賜物です。今回はこれらについて再勉強したので、その成果を書いてみます。


順応とは?

冒頭では気軽に「順応」という言葉で始めてしまいましたが、ちゃんと定義を調べようとすると似たような意味を持つ言葉に「適応」や「順化」などの言葉があります。特に順化については生理学で習った記憶があるのですが、忘れちゃったのでここで再確認しようと思います。

画像 暖房と部屋

定義

|順応《じゅんのう》 環境的順応 環境に対する体の対応
   感覚的順応 感覚刺激に対する反応の鈍化
   心理的適応 困難やストレスへの学習で起こる対応
順化じゅんか 刺激に対し学習から発生する反応の減少
適応てきおう 状況に対し意識的に学び対応

言葉の比較

雰囲気としては順応が最も単純な反応で、強烈な刺激を伝え続けることに神経が疲労して鈍化しているだけ。これに対して順化は、1段階細かく刺激を分類した上でそれぞれの刺激量を意図的に調節するという仕組み。さらに適応となると、学習した経験をもとに脳で考え対応するということになるので、かなり高度な反応になってくるようです。
主に順応を使っているのは嗅覚や味覚で、中でも味覚は全体的な味が鈍化するのは順応ですが、酸味や甘味など刺激別に感度が変わる順化も起こっており、両方が作用するらしいです。聴覚については順化が中心であり、音の高さ別に受け入れる量を調整しているらしいです。ちなみに聴覚の全体的な音量調整は「耳小骨じしょうこつ」という鼓膜にくっついている骨でできた小さな増幅装置が行っていますよ。

何のために起こるのか?

同じ刺激に対して感度を鈍らせるという仕組みは何のために役立つのでしょうか?答えは簡単で、違う刺激が入ってきた時に直ちに反応するための仕組みです。
場の空気が変わったと言うのと同じく、臭いや音の変化というのは野生動物として生きて行くためにはとても大切な情報ですから、温度計のように常に今何度と言う者を絶対値で示すのではなく、意識するよりも前の段階で、大きな変化が起こった時にだけそれを察知できればよいと割り切った素晴らしい仕組みだと思います。

素晴らしき人体

画像 音響機器

さて、この辺りの仕組みを解剖生理で習ったときには大興奮でした。だって自分の体の中にこんなに素晴らしいメカニズムがいくつも入っているんですからね。
そして実は、音響機器の中に当たり前のようにある音量調節ダイヤルやイコライザーなどはとても先進的な技術のように思えて、実は自分たちの体の中にある仕組みを真似して作っただけだという事を思い知るのです。
面白いでしょ?AIもそうですけど、人間てどうして自分の中にあるものを模造しようとするんでしょうかね?考えてみればとても不思議です。

自分が基準

変化量しか感じることができない人間にとって普通や標準や基準といった言葉の意味ってあるのでしょうか?

これらは他人と共通であるときに初めて意味をもちますよね。あなたの基準と私の基準がバラバラだったら話が通じません。しかし変化の量しか感じることのできない我々は、生まれてから今まで感じてきた経験の合計から判断して基準を割り出すことしかできません。
だからこそ「学校」という教育機関で他人同士の「基準値」を学ぶのではないかと思います。基準値を知らないままでは、いくら多様性や独創性が大事と言われたところでその境目がわかりませんからね。

えんじろうは生まれつきの視覚障害者だったので、いまだに健常者の方がどんな風に見えているのかということはわかりません。小さい頃に水晶体も取ってしまっているので。水晶体が無いバージョンの目の使いかたを自己学習して、今世界を見ているのです。ですから水晶体がある健常者の目のつかい方も知らなければ、どんな景色を見ているのか、それが自分と同じ景色なのかということも分かりません。実は皆さんが何気なく使っている「焦点が合わない」という感覚も、レンズがない自分には理解できないんですよ。面白いですよね?
でも本当は、健常者同士であっても他人の見え方が全く同じなのかどうかはわからないはずです。

共通な社会

本当はみんなバラバラな情報を見ているというのに、そこそこ社会としてまとまっていく。なんかそれ自体がすごいことだなと思いませんか?
本当はこの体だって60兆を超える細胞の集合体です。個々の細胞がその方が都合が良いからと、集団生活をして社会を営んでいるだけの話です。えんじろうという意識もそんな細胞たちの共同生活の結果生じている副産物ということなのかもしれません。
本当にどこまでも不思議ですよね。

画像 輝く脳の神経回路

まとめ

ちょっと寒さがやわらいだ過ごしやすい秋の日には、作曲の合間にこんなことを考えたりするのも楽しいものです。
今えんじろうは、割と自分の生きたいと思っていた生き方ができていると感じます。それはとても尊く幸せなことなのだと実感します。いいえ実感し続けていたいと思っています。平和な時間が流れていること、それは本当に尊いことだと思います。

自分が関わる人たちが、同じように平和な心でいられますように。そしてその人が関わる人たちに対しても、同じように願うんです。そんなふうに誰もが思えたら、優しい世の中が広がっていくのではないかと思います。



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