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雫の轍 3巻

翌朝、私は女中の方の声によって起きました

時計…と言うものはここには存在しませんのでどれくらい寝ていたかはわかりませんが

寝起きの良さや、少々あくびが出るので十二分に寝ていたようです


○○:おぉ、起きたかい

先に居間のようなところで朝食を摂っていた○○さんは、私の姿が見えたら

少し微笑みながら言いました


史緒:おはようございます

○○さんに挨拶した後に私も用意されている膳の前に座りました


○○:よく眠れたようでよかったよ
  睡眠の質は大事だからね



まだ器に中身が残っている味噌汁を啜り、そろそろ食べ終わりそうな○○さんは


○○:今日は、俺は夜までいないと思うから
  至急の用があったら、馬弓に頼むよ


と言われたのです


よく見てみると、服が会ったときの同じ

黒の羽織に鶴の刺繍がされたものをお召しになっていました


○○:よし、ごちそうさま


両手を合わされ、○○さんは居間から出てゆかれました

少しだけ楽しそうな顔をしながら…


馬弓:主は、緊急会議に呼ばれておりましてね


馬弓さんが、私の元に寄ってこられて言われました


史緒:緊急会議?


馬弓:えぇ、史緒里様が襲われたあの妖のことで


史緒:あのことで…
  どこかに集まられるということですか


馬弓:えぇ、そうです
  鶴城と呼ばれる陰陽師の長の住まいに


鶴城…

後々、字を教えていただきましたが

中々に面白い名前だと思いますね


史緒:…長、と仰っしゃられましたが
  それは、まさか安倍晴明の一族…?


私が自信なさげに言った言葉に、馬弓さんは目を丸くして言われました


馬弓:そのとおりです!
  よく初代のことをご存知で


史緒:私たちの世界で小説なんかによく出てくる著名な人ですから


馬弓:初代が…
  興味深いですね


私たちが会話しているところに、○○さんがやってこられました

そして馬弓さんを見て、こう言いました


○○:馬弓よ、馬を出してくれ
  流石に登城するのに、転移の行はまずい


馬弓:わかりました…
  表で待っていてください


やれやれという顔で、馬弓さんは○○さんに言いました


馬弓:史緒里様も付いてきてください
  …いいものが見られますよ


あの時のような、背筋が少しだけ寒くなるような顔を馬弓さんはしながら言いました

断る理由もないので、付いていきます


どうやら、玄関の外に、○○さんはいるようです


私は玄関をくぐってこの屋敷に入ったわけではないので

玄関の外を見るのは初めてです


外に出てみると、そこは岩場のようになっていて

玄関の周りだけ石畳が敷かれていました


馬弓:林・走・飛
  飛空の馬よ、主を引きて城へ導き給え


○○さんが口にしたような呪文

そして、その前に何やら手で形を作っていました


何が起こるのだろうとワクワクしていると

岩場に突然、立派な馬が現れたのです


○○:すまんな、馬弓  
  さて、行くぞ


○○さんは、平安時代の巻物でよく見る牛の後についている乗り物に乗り込みました

すると、自然と馬たちは乗り物の前から伸びている長い取っ手のようなものの方へ歩んでいきます


終いには、馬が乗り物を引くような体勢になっていました


史緒:…まさか、このまま…


馬弓:えぇ、あの馬は空が飛べますので
  あれに乗っていって、鶴城まで向かうのです


馬弓さんは、冷静に私に説明してくれました

それにしても、中々に貴重な体験です

こんなものを目の前で見られるなんて…



やがて、馬が高く鳴き

馬車?が空に向かっていきました


馬弓:…ふぅ、さて史緒里様
  朝餉の邪魔をして申し訳ないです
  どうか、続きを…


馬弓さんは、一旦ため息をつくと

私にそう促しました


私も、折角の朝食を冷やしてしまうのは申し訳ないのですぐに屋敷の中に戻りました



馬弓:ほんとに○○様は、史緒里様に…
  …いや、まだ深く考えるには早いか


風が馬弓の、纏めた髪を揺らす

史緒里の後ろ姿を見つめる彼の目には、哀れみの色がほんの少しだけ見て取れた



○○:よっと…
  ありがとさん、また帰りも頼むよ


俺は運んでくれた2頭の馬の頭を撫で、礼を言った

せめてもの労いだ


この馬たちは、食事を必要としない

だから、餌を…ということもできない


馬たちが、俺の体の方に顔を寄せてくれた

喜んでくれているらしい…


○○:さてと、行くか


鶴城は、入り組んでいる

早めに会議の行われる部屋まで行った方がいいだろう


停車場を後にした俺は、鶴城の端にある

大手門から城の中に入る


道はもう嫌というほど頭に入っているので、スタスタと向かう


途中、庭の草木が揺れ話しかけてくれた

一々受け答えしている時間もないので、軽く返して急ぐ




部屋につくと、半分ほどがもう既に集まっていた


“あ、来たよ”


昨日会った、かの人も来ている


○○:珍しく集まりが早いね
  もう少し遅いかと思ってた


所定の位置に、胡座をかく


“緊急事態だからね、二つともさ”


○○:けっ、嫌味みたいに言いやがって…


向い合わせのこいつとは、会話が尽きない…


そこへ

「議題の中心人物が遅く来るなんて…四神獣の名を預かってる自覚あるんですか?」


○○:おぉ、久しぶりに顔を合わせる師匠に向かってその口の効き方とは…
  相変わらずだな


「おちょくらないでください!」


小柄な美少女陰陽師に俺は、抗議を受けていた


○○:別におちょくってるわけではないさ
  そんで、あんバカはまだ来てないの?

“来てないよ?いつものことじゃん”


○○:しょうがないやつだな…


段々と有力な上級の陰陽師たちが集まってくる…

俗に −十二天将−と言われる陰陽師たちだ


○○:はぁ…
  もうすぐ時間だぞ


“欠席かな?”


悪く笑いながら言う


すると、障子が勢いよく開いて


『遅れた!』


と男の陰陽師が入ってきた


○○:遅いぞ、跋凛はつりん


安倍跋凛…

俺の従兄弟にして、朱雀の名を預かる陰陽師


跋凛:悪い悪い
  どうも馬が飛んでくれなくて…


○○:んま、言い訳は後で聞く
  座れ

跋凛:へいへい…


十二人が揃ったことを確認して、俺は口を開く

声の調子を一つも二つも下げて


○○:さて、皆さんお集まりいただき感謝します
  今回の緊急会議…
  議題は二つです


俺が話し始めた時、奥の間に気配を感じた


一段高くなった場所

そこに一人、胡座をかく少年…のような男


一同が姿勢を正して、その男の方を向き頭を下げる


我らが陰陽師の長にして、安倍晴明より続く

土御門家つちみかどけ、21代当主

土御門晴兼つちみかどはるかねの、お出ましである


晴兼:○○、私もその話に混ぜろ


威圧をあまり感じさせない容姿から放たれるその言葉には、しっかりと威圧感が乗っていた


○○:…御下知とあれば

晴兼:よし続けろ

○○:それでは、改めまして…議題は二つ
  一つは、何かに操られた大きな妖の話
  もう一つは、現世うつよから一人の少女がやってきたこと


一同にどよめきが伝播する


晴兼:静粛にせんか
  …一つ目の話からせい


当主の声で静まり返り、また俺に視線が集まる


○○:昨夜、鵯森にて一頭の獣のような妖が暴れているのを勾陳の配下の者が見つけました

“腰抜かして帰ってきたけどね”


○○:それに偶々居合わせた私が退治し、よくよく体を観察してみたところ
  どうも、突然変異したと思われる狼でした


晴兼:ふむ…
  それは不可解だの
  鵯森の近辺には狼など存在せん


当主は顎に手を沿わせて呟く


○○:まさしくその通りでございます
  一旦屋敷に戻り、道具を揃えた後戻ってきて更に調べましたところ
  脳に、何者かの術により操られていた残滓が残っていました


またどよめきが起こる

晴兼:…それは、どこに通じていた


当主は、声を鋭くして俺に聞く

○○:鵯森の磐座いわくら
  浮世の外かと


晴兼:浮世の…外だと…


跋凛:待て待て、おかしいだろ
  そんな事が起こるわけが…


○○:あり得るんだよ…
  先程の話題に出しましたが、二つ目の話
  現世うつよから来た少女の存在によって


跋凛の発言に、俺は冷静に返す

皆は真剣な顔をしていた


○○:その少女が、その何者かの出先なのか…
  はたまた巻き込まれただけなのかは分かりかねますが
  その少女のことと、外からの術については繋がりがあると私は思っています


晴兼:…その少女について、他に情報はないのか…


当主は興味があるのかないのか

無表情で俺に問う


○○:霊気が以上に高いこと…
  それと、見様見真似で結界が張れておりました


晴兼:見様見真似で結界?
  ○○が見たのか


○○:この目で見ました


晴兼:…面白いことよ
  その少女、大切にせよ
  使えるやもしれん


使える、というのは

俺と同じ考えで言っているのか、それとも他の意味で言っているのか…


晴兼:他に、何か質問のある者はおるか?


当主は、俺に代わって皆に聞いた


…が、誰も発言しない


晴兼:そうか…
  なら、これで解散としようか


当主はそういうと、その場から立ち上がり

奥の障子から出ていった


○○:ふぅ…
  疲れるよ、晴兼のあの雰囲気

跋凛:しょうがないだろ、いくら従兄弟とはいえ
  俺たちは、臣下だからな


跋凛と俺は会話する

性格はあまり似てはいないが、昔から仲はいい


“…さてと、私は帰るよ”

向かいの、かのやつが立ち上がる


○○:なんだよ、早いな帰るの

“昨日の腰抜けどもを教育しないとだから”


子どもに優しく言うように俺たちに言い放った

とても怖い…


ほんとに怖い


○○:お、おう…頑張れ


“あいよー”


かのやつは帰っていった





○○:さてと…俺は本丸に行ってくるよ


跋凛と少し最近あった話をしてから、俺は立ち上がりながら跋凛に言った


跋凛:本丸に?
  晴兼を叱りにでも行くのか?


本丸とは、鶴城の中でも一番立ち入ることが制限させる区域

当主の家系、土御門家つちみかどけの家族が暮らしている場所だからだ


とりあえず、俺と跋凛は祖父が当主なので

昔から出入りすることに制限はない


○○:いや、ほかのことだ
  叔母上にも挨拶しに、と思ってな


跋凛:おう…そうか
  俺は遠慮しておく
  …女中に嫌われてるから


○○:昔から暴れん坊だからだよ


跋凛:んだと?


跋凛をからかいながら、俺は部屋を出た


○○:ふぅ…
  さてさて、行きますかね


鶴城の更に奥深くへ




馬弓:あ、馬が帰ってきた…
  ってことは


馬弓さんが、夕食の準備をしている時に呟かれました


○○:帰ったぞ〜!


馬弓:やっぱり…
  おかえりなさいませ〜


○○さんがご帰宅され

馬弓さんが迎えに行かれた


○○:いやはや、疲れたよ
  久しぶりにあんだけ遊んだ


馬弓:またですか…
  ほんとあの方は…


苦笑いの○○さんと、少し呆れた顔の馬弓さん


あ、そういえば霊気とか

そういう陰陽師に関する言葉も、○○さんが帰ってくるまでに馬弓さんがお教えくださいました


結構…面白かったです

ファンタジーぽくて


○○:あ、そうだそうだ
  史緒里ちゃん


私を見て、何かを思い出されたように話し始めました


史緒:はい


○○:陰陽師の術に、興味はある?

史緒:…はい、あります


○○:じゃあ、自己防衛も兼ねて教えようか
  軽いやつを


………


史緒:え?


陰陽師の世界に来て、二日目

私、陰陽師の方の術をお教えいただけるみたいです

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