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【第3回】『カオス』ヴァンフォーレ甲府観戦記~J2リーグ第1節 vs徳島~

90分間通じてみれば足りないところが見えましたが、もっとゴールに迫るところ、インテンシティー、技術を少しずつ上げて次に臨みたいです。

ヴァンフォーレ甲府 監督 篠田善之

2023シーズンまでのJリーグ開幕戦、ヴァンフォーレ甲府は25戦を戦って僅か2勝。ACLの戦いを終え、中3日で「鬼門」に挑んだ甲府でしたが、蓋を開けてみれば1-5の大勝。蔚山との2試合で喫した失点をすべて取り戻すようなゴールラッシュでしたが、試合後の篠田監督のコメントは冒頭の通り。今シーズン、いったいどんなチームを作ろうとしているのか、どんなゲームプランを描いているのか、目眩のするようなJリーグ開幕戦、徳島とのアウェイゲームを振り返ります。


徳島を飲み込んだ甲府の10分間

中3日のコンディション、悪天候のアウェイゲーム、苦手とする開幕戦、スリッピーなピッチ。個人的には相当難しいゲームになると見ていましたが、ゲームへの入りは昨シーズンから比較的良い篠田甲府。ボールタッチにやや苦慮するシーンも散見されましたが、鋭い切り替えとアグレッシブな攻撃で序盤からボールを握ります。この試合でもやはり木村が卓越した動きでゲームへの集中をアピールし、コンディションの良さを伺わせるラッソの裏抜けとプレスバックがプレーエリアを徳島サイドへと追いやっていきます。
徳島は思うようにプレスが機能せず、引き込んだ守備も甲府の個に脅かされる苦しい立ち上がり。そのまま開始8分、フリーの林田から高精度のフィードを受けた右サイド深い位置の関口が完璧なトラップ、ハーフスペースに走り込んだこれまたフリーの鳥海にスルーパスを送り込むと、マークがニアのラッソに引っ張られたことにより自由を得た三平にラストパス。簡単に押し込んで先制と、甲府としては出来すぎ、徳島としてはあまりに呆気ない形で早速ゲームが動きます。
先制直後も押し込み、ゴール前に引き込みすぎた徳島ディフェンスの前のスペースから完全にフリーの木村がクロスバー直撃のシュートを放つなど、開始から10分間、甲府がピッチを制圧しました。

僕らの立ち上がりの入りが全然良くなくて、相手が良かっただけに勢いに押し込まれてしまいました。自分たちがやってきたビルドアップや攻撃の形をまったく出せないまま2失点してしまったことが今日のすべてだったと思います。

徳島ヴォルティス MF #54 永木亮太

10分すぎから少しずつ徳島がボールを握り、ブラウンノアを活かしたカウンターのチャンスも作りますが、ほとんど危ないシーンを作らせないまま18分、再び右サイドに侵入した鳥海が三平につなぎ、最後はニアのラッソの奥でフリーだった宮崎が狙いすましたグラウンダーのシュートを流し込み0-2。流れを渡すことなく追撃を完遂した甲府が、前半でゲームを大きく有利な形に持っていきました。やりたいことをやらせてもらえない難しさを徳島の選手が感じていたことは、引用の永木の試合後コメントからも伺えます。


明暗分けた「エース」の力

ACLで目覚ましい活躍を見せ、この試合でも中心的な活躍をした木村が印象に残りますが、ここに来て最も違いを見せた選手の一人と言えるのが、ファビアン・ゴンザレス・"ラッソ"ではないでしょうか。
立ち上がりから攻守両面で献身性を見せ、ゴールシーンでは自分が決めないながらも、マークを一手に引き受け味方のフリーを創出しました。リードを奪ってからもロングボールをしっかり収め、機を見て裏を狙い、カウンターの先頭に立てば独力で徳島DFを1~2枚剥がすスピードとパワーを持ったドリブル、ファイナルサードではラストパス、プレスが来なければミドルシュートと充実の内容。徳島ディフェンスは唯一DFカイケだけがラッソとの1vs1マッチアップを戦えていましたが、ほとんど為す術もないという状態でした。
一方の徳島は1トップのブラウンノアを起点にしたいところでしたが、ACLでKリーグ得点王の蔚山FWチョ・ミンギュとの戦いを経た今津と初出場の孫が、闘志溢れるマッチアップで自由を与えませんでした。起点を潰された徳島の攻撃は持続力に乏しく、甲府陣内で失ったボールを取り戻そうにも、蔚山との戦いでアジアトップレベルのインテンシティを体感した甲府は怖がらずにパスをつなぎ、最終的には河田の巧みなフィードに代表される効果的な中長距離のパスで徳島陣内のスペースへ展開、ラッソと三平の関係から再び甲府がカウンター気味にボールを握るという流れの中で、ブラウンノアはその存在感を思うように発揮できないまま前半を終えました。

僕が収められた時は良い攻撃を出せていたと思いますが、逆に失った時はカウンターを受けていましたので、そこのキープ力はもっと上げていきたいです。

徳島ヴォルティス FW #9 ブラウン ノア 賢信


智将・吉田達磨の合理的采配

(自身が現役時代、指導を受けていた吉田監督について)「こうしてこうしてこうしたら、全然簡単に攻撃できるじゃん」ってよく言ってたんですよ。本当にその通りで、「確かに」と思って。

ヴァンフォーレ甲府 アンバサダー(現・広報担当)  橋爪勇樹

確かな戦術的知見と後半の修正能力に定評のある吉田達磨監督。後半開始から島川・西谷投入の二枚替えを敢行してきました。島川が3バックの中央に入り、西谷が2シャドーの左に入ることで4-3-3(4-5-1)から3-4-3へのシステムチェンジに踏み切り、ゲームの流れを変えにかかります。
後半開始早々、後ろの枚数を増やし、かつ後方の組み立てに優れた島川を配置したことによるビルドアップの安定と、ブラウンノアのシュートチャンスやセットプレーから、少しずつ流れを掴み始める徳島。蔚山との第1戦で明確な弱点であることが示された甲府のサイド守備を、サイド攻略に長ける西谷・髙田のユニットで攻め立てます。中央のブラウンノアが機能しないなら、サイドを機能させればいいじゃん、といった感じでサイドに張る髙田とハーフスペースを陣取る西谷のコンビネーションに手を焼くシーンが増えていきました。
徳島が前への圧力をかけ始めたことでオープンな展開が続いた57分、髙田のサイドからのランニングに対し西谷が絶妙なスルーパス。既に陣形を整えていたにも関わらず完璧にサイドを崩された甲府は、髙田のクロスに巧みな動き出しから合わせた杉本にゴールを割られ、1-2の1点差に。甲府はゲーム展開・スコアともに何が起きてもおかしくない状況に追い込まれました。


猛将・篠田善之の悪魔的采配

冒頭の篠田監督のコメントを振り返ってみましょう。「もっとゴールに迫る」。これは1-5のスコアで勝利した試合終了後のコメントです。たしかにACLではゴールを奪い返せず敗れました。しかし、蔚山との第1戦で明らかになったサイド守備の脆弱さが徳島戦でも露呈し、一時は一点差という予断を許さない試合展開にも陥った上で、なおこのコメント。ということで試合を振り返ります。
1点を返した徳島は前線からのプレス強度をますます上げ、一気に逆転を狙います。しかしここは落ち着いている甲府の選手たち。ショートパスによるビルドアップが難しくなっても、最前線には絶対的な個を発揮するラッソがいる。一発のロングボールでチャンスの創出に成功し始めます。すると62分、ラッソへのロングボールのこぼれ球を拾った鳥海が木村につなぎ、最後はワンツーをちらつかせながら宮崎が巧みにシュートコースを突き追加点。甲府が再び2点差としました。
流れを失いかけたところで値千金のゴールが生まれた甲府。守備を立て直し、ゲームを安定させる絶好のチャンスだと思いました。ここで65分に篠田監督が切った交代カードが、ラッソ・木村OUT、佐藤・ウタカIN。疲れもあった中で、攻守両面で存在感を発揮した二人を下げ、ファイナルサードでのアイデアに優れる佐藤と、蔚山戦で前線からまったくと言っていいほどプレスをかけられなかったウタカを投入という采配を見て、少々不安を覚えたことは言うまでもありません。
もちろんフォーメーションの変更もなく、サイドを侵攻されるシーンは一向に減りません。それでも畳み掛ける篠田監督。71分には守備時のポジショニングに優れる鳥海を下げ、蔚山との第1戦で完全な穴になっていたアダイウトンを投入し、色んな意味で「トドメ」を刺しにいきます。甲府守備陣の苦しさを物語る72分・75分の荒木・関口の両SBのアフター気味のファールを経て、76分に篠田監督はようやく飯島・マンシャの投入により前線からのプレスを復活し5バック化するという采配を振るいます。
そして偶然か必然か、交代直後の78分、佐藤のコーナーにアダイウトンが合わせ、こぼれ球をマンシャが叩き込むという交代選手たちの躍動により1-4。試合を決定づけました。ウィークを的確に突く徳島と、そのウィークをより際立たせるような隙を見せ、ギリギリのところから決定的な仕事をやり切った甲府。80分以降は5バック化したことによる堅牢なサイド守備と、アバウトなボールからでもウタカ・アダイウトンのセットで完結させるカウンターで徳島に思うようなサッカーをさせず、86分にはやや浮いた位置から死角を突いたアダイウトンのプレスバックからボール奪取、最後は佐藤のスルーパスからフリーになったウタカがダメ押し弾を決め、ゲームをクローズしました。


サッカーという混沌

私のような素人には、プロサッカーの世界で何が起きているのかは、そのほんの一部しかうかがい知れません。正直素人目には、今節の甲府のようなゲームプランには再現性が全く無いように思えるし、少しのボタンの掛け違いでどんなスコアもあり得たというか、むしろボタンを掛け違えたような試合だったと感じています。それでも2年目の篠田体制。ACLの厳しい戦いを経て、勝つために何が必要かということに選手・スタッフは全力で向き合ったはずで、その末にあった開幕戦だと思います。日本代表が左WBに三笘を起用したことで生まれた混沌がドイツ・スペインへのアップセットを引き起こしたように、とてもではないが素人には真似の出来ないマネジメントが、思いもよらない結果を残すことが往々にしてあります。そんなフットボールの難しさ、面白さを感じた一戦でした。
最後に、徳島ヴォルティス・吉田監督の試合後コメントを引用します。前述の永木のコメントと対比しながらご覧頂ければと思います。サッカーとはまさに混沌。主観も客観もない。不思議な奥深さに満ちたスポーツです。

試合は立ち上がりの失点直前まではめちゃくちゃいいというわけではないにしても、思ったほど緊張感もなく落ち着いて入ったと思いました。

徳島ヴォルティス 監督 吉田達磨

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