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人気エッセイのネタって
エッセイのネタの探し方
エッセイを書くとき、いつも思うのよ。「これ、誰が読むんだ?」って。正直、自分でも大したこと書いてないのはわかってる。でも不思議と、書き出してみるとなんとなく形になるし、たまに「おもしろかったです」とか言ってもらえる。だから続けてるんだけど、問題はネタなのよ。
ネタって、探すのが一番むずい。書きたいけど何を書いたらいいかわからない。「何か面白いことあったかな」と振り返ってみても、大体の日常は平凡だし、特別な出来事があったとしても「これ、人に話してウケるかな?」って不安になる。でもね、ある日気づいたんだ。「ネタって、探そうと思うから難しいんだな」って。
1. 日常の中にネタは転がっている
例えば、ある日の話。朝、駅に向かう途中で信号待ちしてたら、隣にいたおじさんが急に「寒いねぇ」って話しかけてきたのよ。俺は「そうですね」って答えたんだけど、そしたらそのおじさんが「最近の若い人は寒さに弱い」とか言い出してさ。「なんで?」って思うじゃん。でもこれ、エッセイのネタになるんだよね。
「信号待ちのおじさんが教えてくれた、知らないうちに俺が寒さに弱くなってた話」ってタイトルで書けるでしょ? 何も特別なことは起きてないけど、そこにちょっとしたエピソードを足したり、自分の考えを混ぜたりすると、それなりの文章になるんだよ。
2. 過去の記憶を掘り返す
ネタが日常に見つからないときは、過去の記憶を引っ張り出すのがいい。思い出って、意外とエッセイ向きなんだよね。例えば、小学生の頃、夏休みの自由研究で「夜空の観察」っていう題材にしたことがあるんだけど、全然星を観察せずに適当に絵を描いて先生に出したのよ。結果、見事にバレて「やり直し」って言われた。
そのときは「なんでこんなことで怒られなきゃいけないんだよ」って腹立たしかったんだけど、今思うとその出来事を通して「人って案外、嘘がバレるもんだな」っていう教訓が得られた。こういう記憶、掘り返してみると案外使えるのよ。エッセイって別に、最新の話である必要ないからね。
3. ネタにするつもりで生きる
最近気づいたんだけど、「これ、ネタにできるかも」っていう視点で日常を過ごすと、どんな場面でもアンテナが立つんだよね。例えばスーパーで買い物してるときに、カゴに大量のチーズを入れてる人を見かけたら、「何があったんだろう」って想像する。そこから勝手に「この人はパーティーを開くに違いない」とか「ただのチーズ狂だ」とか膨らませてみる。
もちろん、現実にはそんなことないかもしれない。でも、エッセイってその「どうでもいい膨らまし」が面白いのよ。何気ない日常の中に、小さなドラマを見つける。それができると、日々が少しだけ楽しくなる気がする。
4. 「どうでもいい話」を恐れない
これも大事。よく「こんなこと書いても面白くないだろうな」とか思っちゃうけど、それを気にしすぎると何も書けなくなるんだよね。例えば、家でふと「なんでティッシュの箱ってこのデザインなんだろう?」って考えたことを、そのまま書いてみるのもアリ。
「ティッシュ箱のデザインから見る現代アート論」みたいに大げさにタイトルつけて書き始めれば、それなりの文章になる。で、読み終わった人が「なんだこれ?」って笑ってくれれば、それでいいのよ。だってエッセイって、「おもしろかったけど何の役にも立たないな」くらいがちょうどいいでしょ?
5. ネタがない日は書かない
これ、究極の方法だけど、「ネタがない日は書かない」っていうのもありなんだよね。無理して書こうとすると、「こんなんでいいのか?」って自分で自分を責めちゃう。でも、ネタが浮かばないときって、たぶん何かを感じる余裕がないだけだから、少し休むのがいい。
休んでる間に、ふとした瞬間に「これ書けるかも」ってアイデアが出てくることがある。そういうときは、スマホのメモ帳に一言だけ書き残しておく。で、あとでじっくり膨らませる。だから、焦らなくていいんだよね。
結論
エッセイのネタって、探そうとするよりも、見つけたときに拾うものだと思うのよ。日常の中で「あれ?」って思ったことや、過去にちょっとだけ引っかかった記憶。そういう小さなものを拾い集めて書けば、案外読める文章になる。
だから、次に「何書こうかな」って迷ったら、信号待ちのおじさんでも、スーパーのチーズ狂でもいいから、何かにちょっとだけ目を向けてみてほしい。それがエッセイの最初の一歩になる気がするんだよね。