ワキガの人も着物レンタルしている件
着物とワキガと私の偏見
着物を着たのは、成人式以来だ。あの日、袴を着て街に出たものの、着崩れの不安と草履での歩きづらさに終始イライラしていたのを覚えている。そんな記憶もあって、着物レンタルなんて自分には縁がないものだと思っていた。だが、先日、友人の結婚式に招かれた際、ついにそのサービスを利用してみた。着物姿で改めて思ったのは、和服はいい。姿勢が自然と正され、普段より背筋が伸びる。周りからの視線もどこか尊敬がこもっている気がして、自分が特別な存在になったような感覚になるのだ。
そんな着物レンタル体験の後、帰り道でふと考えた。「これ、もし自分がワキガだったらどうなんだろう?」と。いや、もっと正確に言うと、「ワキガの人が着物レンタルしたら、どうなるんだろう?」だった。どこか失礼な発想ではあるけれど、正直なところ一度考えだしたら止まらなくなった。着物は、レンタルされた後にクリーニングされるだろうが、それでもにおいの問題はどうなのか。洋服なら自分で何度も洗濯できるが、着物はそうもいかない。しかも通気性の良さそうな浴衣ならともかく、絹でできたフォーマルな着物なんて、通気性はゼロに近いだろう。想像すればするほど、「これはけっこう深刻な問題かもしれない」と勝手に心配し始めたのだ。
ワキガ=迷惑?という偏見
自分がその疑問を考える背景には、昔のアルバイト経験がある。高校時代、飲食店で働いていたときのことだ。接客をしていると、ときどき「お客様の匂い」が気になることがあった。体臭、香水、煙草――種類はさまざまだが、中でも印象的だったのが、強い体臭を持つお客さんだった。飲食店という空間は、料理の香りで満ちているべきだが、匂いが強いお客さんが来店すると、その空間全体が「その人の匂い」に支配されてしまう。スタッフ同士で「匂い、強かったね」などと話題にすることもあり、心のどこかで「迷惑だな」と思っていたのだろう。
しかし、今考えれば、それは完全に偏見だったのかもしれない。人は自分ではどうしようもないことで他人に迷惑をかけることがある。体臭もその一つだ。それを「迷惑」と捉えること自体が、問題の本質を見誤っているのではないか、と。
着物とにおいの相性
着物レンタルの話に戻る。着物というのは、「次の人が使う」という前提で成り立つビジネスだ。つまり、クリーニングがしっかりされることはもちろん、可能な限り「無臭」であることが望まれる。ところが、においというものは完全に消えるわけではない。たとえクリーニングをしても、強いにおいは生地に染み込むことがある。絹のような天然素材は特にその傾向が強いという。
とはいえ、着物レンタル側の視点で考えると、すべての顧客に「無臭」であることを要求するのは現実的ではない。体臭の強い人にとって、それは差別にもつながりかねないからだ。だからこそ、レンタル業者はにおいを気にしすぎない方針を取っていることが多いのだろう。
自分を変える? 社会を変える?
ここで問題は、着物レンタルに限らず、「におい」による人間関係全般にまで広がる。ワキガに限らず、香水が強すぎる人、タバコの匂いが染みついている人も含めて、他人のにおいに敏感な人は少なくない。かくいう自分も、昔は「自分が無臭であること」にこだわりすぎていた。デオドラントを塗りすぎたり、無香料のシャンプーを探し回ったりと、今考えればやりすぎだったと思う。
けれど、そんな自分を振り返ると、問題の根本は「他人の目を気にしすぎている」ことにあると気付いた。確かに、においが迷惑をかけることもあるかもしれない。しかし、社会全体が「無臭」を理想としすぎることの方が、むしろ窮屈なのではないだろうか。においも、髪型も、服装も、「他人と違う」ということを許容する社会の方が、豊かで面白いはずだ。
ワキガを超えて
結論として、ワキガの人が着物をレンタルすることは、特に問題ないと思う。においに敏感な人がいることも事実だが、それを過剰に気にして、自分の行動を制限するのは、少しもったいない気がする。むしろ、そうした偏見に対して声を上げたり、レンタル業者がより柔軟な対応をしたりすることで、社会全体が「におい」に対して寛容になれるといいと思う。
大切なのは、他人のにおいを受け入れる心と、自分のにおいに対する健全な意識だ。そしてそれは、着物に限らず、あらゆる場面で必要なことなのだろう。着物を通して、そんなことを考える日が来るとは思わなかったけれど、こうしてまた一つ、偏見に向き合えた気がする。