にょぼ林 お寿司と深夜2時の真実
若林正恭さんのエピソードを元に、奥さんの視点からストレスと子育てに向き合うエッセイをお届けします。
おすしと深夜2時の真実
子供が生まれてからの数カ月は、まるで無限に続くトンネルのようだった。息をする間もなく、昼も夜も同じ景色が続く。泣き声、授乳、寝かしつけ…。私の生活は一気に赤ちゃん中心になり、自分のことを考える余裕なんてどこにもなくなっていた。
特に辛かったのは夜泣きだ。深夜2時、3時、そしてまた4時。眠るという感覚がいつしか遠い昔の話になっていた。そんなある夜、私は限界に達した。眠気と疲労で頭がぼんやりしていたはずなのに、なぜか急に覚醒したような瞬間が訪れた。
「おすし食べてくる!」
夫の寝ている隣で私は突然そう宣言し、ベッドから飛び起きた。なぜおすしだったのか、それは自分でもわからない。きっと、その一瞬だけでも自分に戻りたかったのだと思う。子供の母親としてではなく、ただ「私」という人間に。なにか、少しでも自分を取り戻せる瞬間が欲しかった。
おすし屋はもちろん深夜2時には開いていない。だからと言って、別に本当におすしを食べたかったわけでもなかった。ただ、その瞬間、頭に浮かんだのが「おすし」だった。それが可笑しくて、そして同時に切なくて、気づけば涙があふれていた。
母親という役割は尊いものだ。だけど、その役割を一時的に降りたくなることもある。疲れすぎて、自分がどこにいるのかわからなくなることもある。それを言葉にするのは難しい。だけど、あの「おすし食べてくる」には、そんな思いがすべて詰まっていたのだと思う。
夫は、私の突然の言動に少し驚いたようだったけれど、何も言わなかった。きっと、彼も何か感じ取ってくれたのだろう。翌朝、冷蔵庫の中には、おすしのパックがひとつ置かれていた。それを見たとき、何とも言えない温かい気持ちが心に広がった。彼のさりげない優しさに、少しだけ救われたような気がした。
おすしは、私にとって一瞬だけの「自分」を取り戻すための象徴だった。もちろん、またすぐに母親に戻らなければならないけれど、あの夜の出来事は、私にとって大切なターニングポイントだったのかもしれない。
今でも、時折夜中に思い出すことがある。そのたびに、あの夜のおすしを思い出しながら、心の中で微笑むのだ。そして、自分自身も大事にしながら、母親としての時間を大切にしていこうと思う。
母親としてのプレッシャーを描きつつも、愛情深く、温かい視点で彼女のストレス解消と家族の関係が描かれました。