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エングレーバー

エングレーバーとは、細かく丁寧な作業を通じて金属や木材に彫刻を施す職人のことだ。彼らの世界は、芸術と職人技が交錯する独特なものであり、そこに「根暗」という要素を加えると、深い内面世界に入り込んだような感覚が生まれる。

そのエングレーバーは、街の片隅にある小さな工房にこもりがちだった。彼の彫る線は、まるで心のひだをそっとなぞるように繊細で、時には冷たく、時には優しく絡まり合う。彼の名前を知る者は少ないが、彼が彫った作品は街のいたるところに存在している。時計の裏蓋に刻まれたイニシャル、古い銀の食器に彫られた家紋、祭壇の装飾品にさりげなく施された装飾――彼の痕跡は、誰にも知られず、しかし確かにこの街の一部となっている。

彼の根暗さは、周りから見ればただの静けさだが、彼にとっては深い孤独との対話だった。彫刻刀を握るとき、彼はまるで自分自身を掘り下げているかのように感じるのだ。誰にも理解されない感情、口にすることさえない思考、そんなものが一筋の線として刻まれていく。

「どうしてこんなに暗いんだろう?」と、自分に問いかけることもあった。しかし、彼はその答えを探すことをやめ、ただ静かに、そして正確に彫り続けた。それは彼にとって、自己表現であり、また逃げ場でもあった。

工房の窓から漏れるかすかな光は、彼の生き方を象徴しているようだ。外の世界は明るく賑やかで、彼の工房とは対照的だ。しかし、彼にとってその薄暗い空間こそが、最も安心できる場所だった。そこでは、外の喧騒に惑わされず、ただ自分の内面に集中することができる。

彼の作品は、見る者の心に静かな波紋を広げる。その作品を手に取った瞬間、何かが変わる。まるで彼の根暗な世界が一瞬だけ触れるような、不思議な感覚が残るのだ。

彼は自分の作品が何を伝えているのか、あえて考えない。ただ、手が動くままに、心の奥底にある何かを彫り続ける。そしてその「何か」は、静かに、しかし確かに作品の中で息づいているのだ。

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