日本の大学時代
今日は私の日本での大学時代について書こうと思います。今回、大阪に用があり、ちょっと母校に足を運んできました。
私が通ったのは、箕面市の山の中にあった大阪外国語大学なのですが、実は今は無い大学です。
当時は国立の外国語大学といえば、東京外国語大学か大阪外国語大学の2校でしたが、大阪外国語大学は、2007年に大阪大学と統合されたという歴史があります。歴史と言っても私の中ではつい最近のような出来事ですし、在学中の出来事でした。
この大学統合は、私にとって、就職活動で出すような履歴書がややこしくなるんですね。入学が大阪外国語大学で、卒業が大阪大学になるわけです。
「編入したの?」と思われなくもないですし、何か聞かれた際には、大学統合の話を説明するわけです。
自分の母校が無くなってしまう人は、最近、よくある学校の統廃合で経験する人はいるでしょう。
私もその一人になったわけですが、自分の母校が無くなるのはとても悲しいことです。
大学統合の話はこれくらいにして、学科の話をします。
私の専攻言語は英語でした。大学の授業自体、厳しかったということはありませんでした。他の大学に行ったことがないのでわかりませんが、肌感覚として、国公立大は自分で勉強しない人は置いて行かれる的な自己責任的なところがあるので、卒業論文こそ忙しくなりますが、宿題もほとんどなかった記憶ですし、基本的には日本で英語を勉強してきた学生(今風にいう純ジャパ)が圧倒的に多いので、もしかすると帰国子女やバイリンガルが多くいるような私立大の英語系学科の方がカリキュラム的には厳しいのではないかと思います。
一方で、外大には一筋縄では卒業させてくれない学科もあったみたいですね。今はどうかわかりませんが、そこの語科に入ってしまうと、あまりの厳しさに楽しい学生生活は送れないというような学科もありました。
そりゃそうですよね。英語は受験英語で得たでストックがありますが、他の言語については、ゼロからのスタートなので、相当勉強しないと身に付かないのはごもっともだと思います。
これから進学を考えている方は、英語学科に入学したからと言って、「英語漬けになって英語が話せるようになる」と幻想は抱かない方が良いかと思います。大学はあくまでアカデミックな学問を学ぶ場所なので、英会話学校ではないのです。これはどこの大学でも言えることなのではないでしょうか。
授業の内容は、「一般教養」に加えて、「2年次までに語学を鍛える」というようなものでした。日本人の教授・講師、ネイティブの講師の授業を取り、必要な単位を取得するというものです。ちなみに進級要件として、TOEICで730点取らないと3年次に進級できないと言うシステムがあります(現阪大英語科)。(私の時期も多分同じくらいだったような。。。はっきりと覚えておらずすみません)これは、私なりに、「ある程度のスコアを取ったら、あとは、使えるような英語を目指せ」という大学なりのメッセージであったのではないかと思っております。ちなみに大学の英語学科のホームページを見ると3・4年時にほとんどの人が900点を超えると豪語しています(笑)英語力の卒業要件はなく、卒業論文を英語で書くことが課せられました。
TOEICのスコアはともかく、3・4年時に英語力のいわゆるブレイクスルーを経験する人が多い印象でした。その理由として留学の存在が挙げられます。長期or短期・語学or学部・私費or公費問わず、2年次を過ぎて留学する人が多いからです。私も1年間イギリスに留学しました。
卒業アルバムというものがありますが、私の母校は入学アルバムでした。なぜなら、みんなバラバラで卒業するからです。
最後に、なりますが、今思えば、私が日本での大学生活で得たものとして大きかったのが、英語の勉強より「関西文化の理解」ですね。
入学したての頃、大阪の友達が「わしは大阪を外国やと思ってんねん。」と言っているのを聞いて、「日本なのに外国かい!何でおじいさんじゃないのに、一人称に「わし」を使うんだよ。」と思いました。
しばらくしたら、友達の関西弁が自分に移っていました。「わし」は絶対に使いませんでしたが(笑)関西弁に限らず、西日本出身の学生が圧倒的に多いので、色々な方言が混ざってたかもしれません。
関西で過ごしたことはとても良い経験になりました。
そんなわけで、私は、大学時代で大阪とイギリスの2か所に留学し、関西弁とイギリスアクセントを学んだのでした。