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忘れ者の賛同(別名:飲み会悪夢)

「公共心の無い奴は、発言する権利は無い!」

 「そうだ!そうだ!」

 「仕事をすすめるのが遅い奴は、怠け者だ!」

 「そうだ!そうだ!」

 「村長にはむかった奴は死刑にしてやれ!

 「そうだ!そうだ!賛成ですとも!」

この村では18歳以上の村人たちは月に4回開かれる村人会に参加して、政治活動をすることができる。狭い草原で開かれることもあるし、広い草原で開かれることもある。討議される内容は、法の制定、村長の選挙、村内での係決め、外交問題などである。しかし大問題がある。酒を飲むと、言いたい放題言い出す者がでてくるのだ。それはいつも悪いことではなく、酒のおかげで頭が冴える者や、勇気が湧いてくる者がでてくるため、村人会の活力になるのである。しかし、私は酒が大嫌いだ。匂いを嗅ぐだけで吐き気が襲ってくる。村長に酒を注ぎに行く者はほうびとして大きな牛をもらえるという噂もあるが、私には何の魅力も感じない。

 今日は村人会の当日。キャンプファイアーは私たち村人が発明したものだ。火の職人が筋肉を見せつけるように肌を露出して、みんなの中心にある薪を燃やした。開会前にお互いに酒を注ぎ、グラスをぶつけ合う儀式が行われる。そして日没とともに、歓談から始まるのである。テーブルには牛の肉や鶏の肉、魚の肉など、みんなの大好きな食べ物が隙間無く置いてある。いつものように活気が出てきた。私は止まっている。何も考えないようにしている。酒を注がれないように存在を消している。酒を注げと指図されないように下を向いて時間が過ぎるのを待っている。こんな私は他の村人からはつまらない奴だと思われているのだろうか。村長からは礼儀知らずだと思われているのか。どう思われているのかを考えていると、とても暗い気分になる。家にあるキュウリを早く食べないと味が変わってしまうのか。家にある鶏の卵を今日中に食べないとまずくなってしまうのか。暗い気分に押しつぶされないように、そんなことを考えてみる。しかしそんなことを考えると家に帰りたくなってくる。妻とはもう7日以上口をきいていない。1歳の子どもは男だったのか、女だったのかさえ忘れてしまった。妻のお腹の中にいる子どもの名前も、再び私の知らない間に決まり、知らない間に生まれてくるのだろうか。「今日もどうせ君が寝た後に帰るだろうよ」と石に刻み、利口なカラスにでも頼んで、その石を妻のもとへ運んで行ってくれないものか。そんなカラスがいたとしても石に文字を刻むことが面倒くさい。そもそもそんなことを伝えなくても、私の妻は理解があると自分に言い聞かせている。

 村人会が開会してから30分ぐらいたっただろうか。酒のせいで他の村人たちが傲慢になり始めた。そろそろ私に悪魔の液体を薦める者が現れる。顔が赤く、足の速そうな村人が声を大きくして話しかけてきた。右手に酒を持ち、その人自身が悪魔に見える。断る勇気をふりしぼるために大きく空気を吸う。笑顔を作って「酒は飲めないんです。」と言ってみる。相手の目を見て言えない。声が小さくなっている。その笑顔を作った後には腕立て伏せを30回連続でやったときと同じぐらいエネルギーを使っている。断った後の相手の表情が何よりも怖い。その表情の奥に「この無礼者!礼儀知らずが!俺の誘いを断りやがって!」と書いてあるのがよく見える。空気は読めないが相手の表情はよく読める。再び腕立て伏せを30回追加した。

 私の友人が一度、村人会を欠席したことがあった。次の日、村長の側近に呼ばれこう怒鳴られた。「お前はせっかくの村人会を休みやがって。年寄りたちがお前の面倒を見ているんだぞ。お前には義理も人情もないのか!」と。もしも私が同じことを言われたらどうしようか。次の村人会にはちゃんと出席して、その側近をキャンプファイアーの中に投げ込んでやろうか。もちろんそんな勇気はない。

 あそこの芝生に座っているのは私の先輩であるシュタインさんではないか。彼は第3地区出身である。しっかりと自分の考えを持っていて頼りがいのある男である。しかしどうしたことか。酒を飲むと何でもかんでも他人の意見に迎合するのである。「女は牛の肉なんぞ食べるべきではないよな。」と他の村人から同意を求められると「そうですとも。賛成ですとも。」と答えるのだ。またあるときは「子どもを甘やかすからこの村が廃れている。口答えをしたら暴力で痛めつけ、全ての子どもは5歳から村の軍隊に入れさせるべきだ。」と言われたときに、「そうですとも。賛成ですとも。」と楽しそうに答えるのである。シュタインさんだけではなく、他の誰もが利己的な発言をしてそれに賛成するのである。直接民主制を取り入れているこの村では、村人たちが賛成すればその場でルールが決まってしまう。

 誰かがヒソヒソと新しい話を始めた。「第6地区のギロットさんの姿が見当たりませんねえ。」「おやまあ。ギロットさんだけではなく、第6地区の者は誰も来ていませんねえ。」「本当だ。毎月のように豚や魚を分けてやっているのに、酒を注ぎにこないのか。そりゃいけないことだねえ。」この噂が村人会の中で広まり始めた。私も納得している。第6地区は他の助けがなければ餓死していたかもしれないぐらい干ばつに苦しんでいたのだ。誰か1人でも村人会に出席して、お礼を言ってもいいじゃないか。

 討議が始まる。意見や提案がある者は土の盛り上がった部分に立つ。最初はシュタインに話しかけていた村人が提案する。「この村にはゴミの出し方がわからない奴がいるに違いない。いや、わからないではなく、分別をしようとしない奴がいるのだ。これが私の提案だ。食べたあとに出る牛や豚、魚の骨を燃えないもゴミの穴に入れずに、燃えるゴミの穴に入れた奴は引きずりの刑にすべきだ!」他の村人たちはうなずく。酒の入った村人たちは「そうだ!そうだ!賛成ですとも!」と全員叫んだ。また新しく法律が生まれた。続いて村長がゆっくりとした足取りで土の盛り上がった部分に立つ。静まり返る村人たち。村長が威厳とともに口を開く。「この村が栄えているのも各地区の働き者のおかげである。お互いの地区が譲り合い、助け合っているからこそ、われわれは生きているのだ。私たちの貴重な食料を分けてやった第6地区の者は誰も来ておらん。わしはそのことにとても腹をたてている。今すぐ第6地区の代表者をつれてこい。公開処刑にすべきではないか!」と、空気を揺らすような重みを含んだ声で叫んだ。村人たちはその提案を聴いている間は首を縦にふっていた。「そうだ!そうだ!賛成ですとも!」と酒を飲んでいた村人たちは誰一人とも異論を唱えずに叫んでいる。

 私も心の中では、第6地区の代表者が村人会に出席していないことをとがめていた。しかしよく考えると彼の妻が出産間近だったのだ。私はそれを知っていた。一週間前に本人と話をしたではないか。妻のそばにいてやれと伝えたのは私ではないか。酒を飲まなくても悪魔になってしまった私は、救いようのない賛同者である。




(強制的な飲み会が嫌いな気持ちが伝わるでしょうか。)