思弁逃避行 04.しりしりしらず
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【04.しりしりしらず】
にんじんしりしりという料理があるらしい。
らしいというのも、まったくどんなものなのか知らないのだ。名前はたまに聞くのだが、どんな風貌をした料理なのか皆目見当がつかない。にんじんにいったい何をした。
思えば和食は名前から、その料理は何をどうしたものなのか想像しやすい。
「鮭の塩焼き」
じつに明快である。鮭を塩で焼いているのだ。
「里芋の煮っころがし」
楽勝だ。里芋を煮て、ころがしているのだ。
「大根の炊いたん」
大根を炊いたのだ。
このように本来和食の料理名は、何の食材を煮たのか焼いたのか炊いたのか、と説明をしてくれる名前ばかりで非常にわかりやすい。
だというのになんなのだ。にんじんしりしりとは。「にんじん」と名前についているあたりから、人参というあの野菜になんかしらの手を加えた料理であることは間違いないだろう。ということは人参をしりしりしている料理、ということになってくる。つまり、しってあるのか。人参を。しるって何だ。どんな動詞だ。
正直すでにほとんど降参状態なのだが、他の可能性を考えてみる。
例えば「餅巾着」という料理がある。あれは餅を入れた油揚げを巾着のようにこしらえたものだ。この場合は「餅」を「巾着」のようにしたという構成で「餅巾着」という名前がついている。となると「にんじんしりしり」という名前は、「にんじん」を「しりしり」のようにしたもの、もしくは「しりしり」を「にんじん」のようにしたものである可能性が出てくるわけだ。いや全く全貌が見えてこない。後者に至ってはしりしりもわからないし、にんじんのようなものというのもわからない。にんじんではないのか、それは。
完全に降参である。たどりつける気がしない。しかし私は検索しない。どうせ答えがあっけなく出てくるに決まっているからだ。私はにんじんしりしりの正体を知ることでもなく、検索することでもなく、あてもなく模索することが今楽しいのだ。
さて、そんなことを考えているうちに、すっかり冷めてしまった千切り人参と卵の炒め物に箸をつけるとしよう。