思弁逃避行 00.はじめに
完全版は以下のリンクから
去年の夏、「思弁逃避行」という怪文書を京都のyugeという場所にて販売していた。発行部数が少なかったのか、それとも内容が良かったのか、あらかた後者だとは思うのだが完売してしまったため、そしてもうかれこれ半年以上経つのでnoteにて少しずつ公開していこうかと思う。
おそらくnoteに載せるにあたって少し文章を変えたり書き加えたりもしてると思うので、去年思弁逃避行のZINEを買っていただいた数少ない方も覗いていただけるとありがたい。
また、現在公開されているパート12までがZINEに収録されたエッセイだ。それ以降の更新はnoteにきてから書き下ろしている新作になるので、ぜひ時折覗いてやってほしい。
【00.はじめに】
たこ焼きとたこ焼き機はどちらが先か?
これは大変な問題である。
まず、たこ焼きが先だとする。すると、どうやってたこ焼きはあの丸い形状を手に入れたのかという疑問が浮かぶ。おそらくあの形の鉄板がなければたこ焼きは丸くはならない。きっとシーフード版のお好み焼きとして平ぺったい形状で流通していたのではないだろうか。
では、たこ焼き機が先だとする。すると、なぜ粉もの丸めようとしたのかという疑問が浮かぶ。一口サイズで丸ければ食べやすいからだと思うかもしれないが、だとすればなぜたこ焼きくらいにしかあの鉄板を使わないのだろうか。お好み焼きも丸めればいいではないか。なぜたこだけ丸めるのだ。そうなると、すでに丸い形状のたこ焼きという料理があり、効率よくあれを作るのに適した鉄板を発明したという流れになる。では、そのすでに丸い形状のたこ焼きはどうやって作られたのか…
堂々巡りである。
この問題に対して、すぐに検索をかける人間は迅速にこのページを閉じてもらうのが賢明だろう。このnoteはこういった、要約すれば一行二行で済むような、食べ物に纏わる思弁をかき集めたものである。本気になって調べればすぐに答えがでる事ばかりで馬鹿馬鹿しいと思われる方もいるだろうが、目の前に見えている答えから目をそらし、ただうろうろとさまよう机上での寄り道に付き合っていただける方だけに楽しんでいただけたらと思う。
絵に描いた餅という言葉があるが、餅を食う事よりも餅の絵を描くことの方が楽しいということもあるのだ。
こちらから投げ銭が可能です。どうぞよしなに。