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【TELLING記事紹介】トライブの視点でストーリーブランディングを再定義する
どうも、遠藤ユウです。
専門家をストーリーテラーへ変えるメディア『TELLING』を運営しています。
ストーリーブランディングに悩んでいる専門家は、ぜひ遊びにきてください。
今回紹介する記事の内容ですが…
もしあなたがストーリーブランディングを「商品の背景物語を語ること」だと思っているなら、大間違いです。
それはテクニックの1つでしかない。
現代人特有の深層心理から読み解く、
ストーリーブランディングの本質とは?
ここでは『TELLING』の記事の冒頭をお届けします。
ーーーここから『TELLING』の記事ですーーー
くそくらえ。
そう呟きながら、1人の若い作家がパリの小道を歩いていた。
彼女の“あの発言”に納得できるわけがなかった。
今から約100年前のことだ。
この作家の名前はアーネスト・ヘミングウェイ。
のちにノーベル文学賞作家となる。
若きヘミングウェイには、どうしても納得できない言葉があった。
だがその言葉は、現代の僕らを予言する言葉でもあったのだ…。
この興味深い事実を、僕は記事にせずにはいられなかった。
現代の僕らが「なにを物語るべきか?」を理解するための重要なヒントが、100年前にヘミングウェイを怒らせた言葉に隠されているのだ。
これに気づいたとき、僕は全身の毛が逆立った。
その言葉を知るには、ヘミングウェイが「くそくらえ」と呟いた数分前に時を戻す必要がある。
数分前、ヘミングウェイはガートルード・スタインという女性作家の家にいた。
名画が飾られたその空間に、ヘミングウェイは魅了された。
そこはまるで美術館のようだった。
美術館と違うのは、大きな暖炉があり、美味しいものやお茶、そして果実の香る蒸留酒が振る舞われることだった。
ヘミングウェイはその蒸留酒を飲むと、舌がなめらかになり、体の芯から温まるのを感じた。
スタインは身長は低いが、農婦のようにどっしりと大柄な女性だった。
ヘミングウェイはスタインから、壁にかかっている名画について、芸術について、作家について、創作について、あらゆることを学んでいた。
スタインの家に通うことが、いつしかヘミングウェイの習慣になっていたのだ。
その日、スタインはヘミングウェイにある話をした。
とある自動車整備工場の、若い整備工の話だ。
当時スタインが使っていた車を、整備工場に修理に出したときのこと。
若い整備工(彼は第一次大戦に従軍した経歴をもっていた)の手際が悪かったのだという。
そのため若い整備工は、整備工場の主人から叱られていた。
「お前たちはみんな、ダメな奴らだな」
と主人は言ったそうだ。
「あなたたちがそれなのよね。こんどの戦争に従軍したあなたたち若者はね」
スタインはヘミングウェイに言った。
そして続けて発言した次の言葉が、ヘミングウェイを憤慨させることになる。
「あなたたちはみんな、失われた世代(ロスト・ジェネレーション)なのよ」
“失われた世代”が
失ったものとは…
「失われた世代」
この言葉ほど、現代を表現した言葉はないだろう。
あなたはまだピンとこないかもしれない。
だがこの記事を最後まで読めば、僕らが失ったものが、あなたにも見えるはずだ。
それは、現代人が本質的に求めていること(取り戻したいこと)を理解することを意味する。
現代人の僕らが失ったものとは何か?
現代を知るには、過去を理解すればいい。
僕らが失ったものと、ヘミングウェイたちが失ったものは、同じものだからだ。
100年前、ヘミングウェイは第一次大戦を経験した。(あの若い整備工と同じように)
当時、戦争は時代を切り開く輝かしいイメージだった。
そして自分も戦争に参加することで、新たな時代を築く英雄になるのだと、ヘミングウェイも信じていた。
…戦地に行くまでは。
それは地獄のような経験だった。
昨晩語り合った仲間が、目の前で惨殺されるのを、瞳に焼き付けられた。
すぐに終わると思っていた戦争は、いつまでも続き、終わりなど見えなかった。
死体の腐敗臭と火薬の匂いが、常に鼻にこびりついている。
俺はなにをやってるんだ。
新たな時代を切り開く英雄になるためにここに来た。
この戦争は、本当に時代を作るのか?
ヘミングウェイはそう思い始めていた。
胸に抱いていた戦争の姿など、もう信じることができなかった。
ヘミングウェイは、今まで持っていた価値観を疑いはじめた。
「戦争は俺たちを英雄にし、新時代を切り開くもの」という物語を失ったのだ。
そこに残ったのは、絶望と虚無だけだった。
それが若きヘミングウェイが「失われた世代」と呼ばれた所以である。
そして信じる物語を失ったのは、ヘミングウェイだけではない。
現代に生きる僕らも同じなのだ。
僕らが生きる
「大きな物語が終焉した時代」
とは?
今、あなたはどんな物語(価値観)を信じているだろうか?
その物語を、どれだけの人と共有できているだろう?
僕らの信じている物語の最終的なゴールは「幸福」である。
そのためには「〇〇を信じれば幸福になれる」という物語が必要なのだ。
だから歴史の中で、あらゆる物語が信じられてきた。
神(宗教)を信じれば、幸福になれるという物語。
理性を信じれば幸福になれるという物語。
戦争で英雄になることが幸福だという物語。
良い大学を出て、大企業に就職することが幸福だという物語。
科学を突き詰めれば幸福になれるとという物語。
どの物語が正しいか、という話ではない。
大切なのは「皆が信じれる物語があること」それ自体なのだ。
なぜなら物語を他者と共有することで、人々と繋がることができるから。
例えば、キリスト教徒はキリスト教徒同士で仲間意識を持つだろう。
キリスト教という同じ物語を共有しているからだ。
僕なら「情熱を追うことで人生は豊かになる」「本質的な知識が人生を豊かにする」といった価値観を持っている人には、強烈に惹かれるし、実際僕の周りにはそういう人が多い。
特定の物語を信じるとは、特定の人と繋がることでもある。
それは僕らが本能的に求めていることなのだ。
人間には帰属欲求がある。
人と繋がりたいという強力な欲求だ。
僕も心から共感できる友人を作りたいと思っているし、あなたと友人になれたら嬉しいと思う。
僕らは孤独に耐えられない弱い生き物なのだ。
そして「人とのつながり」を本質的に支えているのが、物語の共有である。
だが現代の僕らはどうだろう?
皆が共通して信じている物語はあるだろうか?
宗教や理性について考えている人がどれだけいるだろう?
戦争はむしろ無い方が平和だと考えているし、大企業神話も崩壊している。
科学を突き詰めた結果、その科学に仕事を奪われると怯える始末だ。
フランスの哲学者ジャン・フランソワ・リオタールは、そんな現代を「大きな物語の終焉」と表現した。
皆が共通して信じる価値観(大きな物語)が失われたのだ。
それは人々との繋がりが失われたことを意味する。
僕らも失われた世代なのだ。
現代人は人々と繋がるために、信じられる物語を欲している。
だが現代には、その物語がないのだ。
例えるなら、広い大海原で船が沈没してしまったようなものだ。
船という物語があれば、船に乗り込み、人々と共に海を航海できる。
しかし今は1人で海を泳がなければいけない。
僕らは孤独に耐えることができない。
1人では不安なのだ。
そして不安と孤独を解消したいと思いながら、この広い大海原を彷徨っている。
失われた世代が
渇望するものとは?
これから新たな船(大きな物語)は生まれるだろうか?
可能性は低いだろう。
SNSで多様な視点が発信されている時代に、大きな物語は生まれない。
人々は物語による繋がりを失った。
これは悲劇だろうか?
僕はそうは思わない。
なぜなら……