上京した女の話 11
歯が染みる。痛い。
もとはと言えば、十代から二十代にかけて持病が一向に改善せず心身のケアができなかった後遺症なのだが、本当に歯の健康は失いかけて初めて有り難みがわかる。いま通っている歯科医院の先生が学理も実技も押さえているから、これ以上の無駄なロスはないと思えるのがせめてもの救いだ。それにしても以前の歯科医は酷かった。ヤブ医者の模範のような施術や問答は本当に何だったのかと思う。
そもそも専門職の甲乙はどこで分岐するのだろう。やはり知的好奇心と定期的な知識更新だろうか。今の先生は、歯に限らず鼻や顎のことまで視野に入れて説明してくれる。たとえば私が気になっていた歯の色素沈着を明快に説明して予防策を考えてくれた。前の歯科医はヘラヘラしてコーヒーを控えるように言うだけだった。同じ歯科医でもここまで違うと思わず笑ってしまう。
すぐれた歯科医には相応の報酬と名誉が与えられて然るべきだが、なかなかうまくいかない。ネットのクチコミが参考になるかと言えば、院長やスタッフの応対が優しかったかどうかの話ばかり出てくる。歯科医院の評判は「やさしさ」ではなく「技量」によって測られるべきなのに、これでは判定できない。知人に言わせると、これは「情報の非対称性」という現象の一種で仕方ないのだそうだ。