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1章-(5) 褒め言葉と呼び名

ミス・ニコルは結城君が、香織の特技のことを知らなかったことに気づいたようで、言葉を尽して、香織の作品のすばらしいこと、文化祭に出品して、欲しい人に買ってもらって、寄付金を募るために、夏休みの間になるべくたくさん作ってくるよう、自分が頼んであったのだ、と説明してくれた。すべて英語で。

結城君も英語で、香織にそんな特技があったことを知らなかった。文化祭を楽しみにしていると応えた。ミス・ニコルは彼の英語に感心して、結城君はアメリカで5年間教育を受けたことも話すことになった。

香織は以前から気になっていたことを、今がよいチャンスかと思って、先生に伺ってみた。
「先生、寄付金集めというのは、どちらに送るのですか?」

「それはね。この学校の近くに保育園がありましてね。園長がここの卒業生で、とてもよいお仕事をされているのです。時々お話しするのですが、希望者が多すぎるので少し園を広げたいそうで、私もお手伝いできたら、と思いました」
「そんなお手伝いができるのでしたら、私もとっても嬉しいです」
「初めにそのことを、お話ししておけばよかったですね」


2人でおいとました後、結城君は香織の作品を、今すぐ見たいと言い出した。それで結城君はネムノキの森で待つことにし、香織は寮へ飛んで帰って、額縁入りのモチーフを3枚持って、森へと駆けつけたのだった。  

結城君は緑のベンチに座って待っていたが、額縁を渡されてしばらく黙って見入っていた。それから、うなるように深い声で言った。

「センスいいなあ。微妙な色のバランス、形の美しさ・・。こういうもの 初めて見るけど、ミス・ニコルがあんなにほめた意味が、わかる気がする。Super fascinating!  Excellent!  Magnificent!  Fabulous! Amazing・・First-class technique! 」
「Stop it!  Over-compliments never move us! 」
「Then, Good, and Nice! 」
「Oh, that's enough! 」

彼はちょっと笑ってひと息つくと、また言った。
「言葉では言い表せない気がするけど、優しい美しさがいいなあ。平凡な  言葉でしか言えなくてごめん」

香織には充分な褒め言葉だった。結城君が認めてくれた、と胸がいっぱいになっていた。

「こういうのが5種類あるんだって?  おふくろが見たら、ぜったい全部    買っちゃうよ」
香織は赤くなって、言い添えた。
「希望者の欄に2人しか書きこめないことになりそうなの。私がそんなに 速くは編めないから。それに勉強もいろいろあるし」
「そうだよな、木曜の英会話と、その後のうちの夕食にも、時間取られるしな。デートしてる暇作れるかな?  ニットがオレのライバルとはなあ」

クフフ。香織は結城君にもたれて、おかしなライバル、とつぶやいた。 

結城君が香織をぎゅっと抱き寄せ、抱きしめた。
「負けないからな、ライバルには」
「だいじょうぶよ。ほんの隙間の時間に2,3段編むだけだもの。1日に何度か隙間は見つけるけど」

「だけど、いいライバルではあるよ。香織の個性を示し、未来を開く予感のするニットだものな。うーむ、尊敬しちゃうなあ、そんなもの持ってる香織をさ」
「うれしいけど、くすぐったいよ! 尊敬、だなんて。言い過ぎだ!」

結城君はまた香織をぎゅうっと抱きしめ直すと、言い足した。
「今まで、さんざん貶めたものな。のろまで、ぐずで、何も見えてなくて、ぼんやりで・・って。何も知らずに言ってたんだ。尊敬より、一挙に崇拝、って言いたいよ」
「ひゃあ、やめて、恥ずかしすぎるわ。もう、やめよ、こんな話。私、散歩は終わりにして、もう帰るわ」
「う、わかった。今日は新しい香織が解って、良かった! ミス・ニコルとも話せたし、いい先生に認めてもらえて良かったな」

結城君は最後にもう一度とばかり、抱き寄せて、軽くひたいにキスをした。
「じゃあ、木曜日にまたな。電話でまたじゃまするかも」

香織はうなずいて、行きかけて、口ごもった。
「ユウキ君じゃなく、ショウジさんにしていい?」
「ひゃっ、くすぐったいね、ほんとに。ポールみたいにショージでいいよ」
「だって、呼び捨てみたいで・・。ショウちゃんは子どもみたいでしょ?」
「ハハ、ほんとだね。ショウだけでいいよ」
「じゃ、私はオリね」

「バイ、オリ」
「バイ、ショウ!」
思い切って口にして、2人で吹き出した。これが続くのかどうだか・・。

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