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6章-(7) 香織の居場所

それから2週間、香織は大阪からの連絡を毎日受けながら、登校し、テストを受け、寮での編み物を続けていた。

志織姉の話では、パパの手術は成功したらしく、元の病室に戻され、少し  ずつ回復しているそうだ。目が開いた時、志織や貴史兄を見つけて、パパの目が輝いたのを見て、涙がどっと溢れたほど嬉しかったって。

リハビリの療法士が毎日来てくれて、腕や脚を動かす手当てをしてくれて いるそうだ。言葉もほんの少しずつ、言えるようになった。食事は点滴が 続いているが、顔色が戻ってくるのが見えて、これでよくなっていくんだ、と思えるって。

クリスマスが来週半ばで、2学期修了式も終れば、香織はすぐにも大阪へ      帰宅できる。はやる気持ちで、月半ばのテストが終ってからは、週に5枚のスピードで、編み続けている。テストは、自分の精一杯でやったつもりだけれど、元の順位に落ちているかもしれない。そんな気がする。それでも、今はもう気にはしていなかった。
ビリのままでも、自分の居場所はここにあると、思えるからだ。自分の好きな編み物で、クラスでも寮でもミス・ニコルとの絆も、しっかりと結ばれることになったとは、なんとふしぎな体験だろう。

佐々木委員長から携帯電話が入った。
「これから内田さんとお部屋へ伺ってもいいかしら? 前田さんも横井さんもいっしょに行きたいですって」
「あ、ちょっと待ってね」

香織は、携帯の画面を抑えて、勉強中のアイに声をかけた。
「ごめんなさい、今からクラスメートが4人来たがってるの。いいかしら? 額縁ニットの送り出しの日だけど・・」

アイはふり向くとすぐに答えた。
「いいわよ、私、この本とノートを持って、パーラーか食堂に行ってる  から、時間は気にしなくてもいいのよ」
「ありがと。ごめんなさいね」

山口アイさんは、すぐに部屋を出て行き、香織は佐々木さんに話した。
「10分くらい、待って頂ける? 5枚出来上がってるけど、アイロンだけまだなの」
「まあ、5枚も? がんばったのね。ゆっくりおじゃますることにするね」

香織は急いで、内山直子に連絡を取った。文化祭以来ずっと、アイロンでの仕上げは直子がやってくれているのだ。
「ちょうどよかった。今から買物に出ようかと思ってたけど、アイロンを すませてからにするわ。待ってて、すぐやるから」

直子は1階から飛んできて、5枚のニットを持つと集会室へ駆けて行った。

10分もかけずに、きれいに仕上がったモチーフを持って、直子が帰って 来た。
「ありがと。助かる。あの、買物って、何を買いに行くの?」と、香織。
「そりゃ、クリスマス・プレゼントよ。あげたい人が何人もいるんだもの」
「わあ、私何にも考えてなかった。今夜には考えて、明日買いに行くわ」

直子が出かけて行った後、佐々木さんたち4人が訪ねて来た。いつもの茶色の紙袋の他に、大きな花模様の紙袋も持っていた。

「まあ、きれいにアイロンがけができたのね。何度見ても、このアジサイ 模様はあきないわ」と、内田さん。
「5種類を1枚ずつ編んだのね? もう型紙見なくても編めるの?」   と、横井さん。
「やっと見なくても編めるようになったわ。私、何でものろいから、その ことだけで、自分でも感激してるの」
と、香織は自分に呆れながら笑った。

佐々木さんが茶色の紙袋から封筒を取り出してから、こう言った。
「送り先は書いておいたのよ。急いで額縁に入れたり、封筒に入れたり、 すませましょ」
「そうね、丁寧に、おおいそぎで!」と、前田さん。

4人が作業をしてくれている間、香織は編みかけの次の1枚を編み続けた。
「これで、終わりよ。後は郵便局に届けるだけね」と、内田さん。

「それでは、これから笹野香織さんに、慰労と感謝とお慰めの贈呈式を行います」
と、佐々木委員長が、もったいぶって宣言した。

香織がびっくりして、編む手を止めると、佐々木さんが大きな花模様の紙袋の中から、バラの花束を取り出し、香織に捧げた。横井さんが袋の底から、細長くて四角い箱を持って、これも香織に差し出した。クッキーの箱らしい文字が見えた。

「あの文化祭以来、オリはほんとによく頑張り続けてくれたんですもの。 今はお父様がご病気だというのに、約束の品だからとやり続けていて、感謝しきれないわ」
と、佐々木さんが言うと、前田さんが言葉をそえた。

「残りを勘定してみたら、あと6枚で全部送り終えられるみたいよ。それで、封筒に宛先を書いて、切手を貼ったものを、この茶封筒に入れてあるの。24日の終業式の日に、もし2~3枚できていたら、私と横井さんで、送り出しに来るわ。残りの数枚は、残りの茶封筒を使って、オリが送り出してくれれば、今年中に終って、来年延ばしにはならないみたい」

香織は皆に頭を下げて言った。
「私の方こそ、ほんとにありがとう! こんなにしてもらって、助けてもらってるのに、何もお返しできなくて、申し訳ないわ」

それを聞くと、佐々木さんが顔を輝かせて、よかったというように笑顔で こう言った。
「それなら、来年になってでもいいから、あたしたちにも1枚ずつ、編んで頂きたいの・・。どうかよろしくお願いいたします」
他の3人もいっせいに、頭を下げた。

「またオリの仕事を増やして、ごめんなさい、と思いつつ、やっぱり欲しいのよ」と内田さん。

「それなら、お礼と、遅れるけどクリスマスプレゼントの代わりにさせて。買いに行くひまがないものだから」
と、香織が答えると、4人は大喜びした。

「5種類あるでしょ。どれにしてほしいか、ひとりずつ決めておいてね」
と、香織は言い足したのだった。

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