10-(8) 女子の言い分
「さてと、今日わしがここに来たわけは、みんなようわかっとるな」
校長先生はにこにこ顔のまま、クラスをゆっくりと見まわした。
「なんでじゃ?」
わかってるくせに、大熊昭一がわざとたずねた。にやにやとマリ子の方を
ふりむきながら。小島教頭がしぶい顔で、すぐに答えた。
「父兄から、電話が何本も入ったんじゃ。女子が・・」
「まあまあまあ・・」
校長先生が手をふって、教頭をさえぎった。
「元気のええ女子ばあで、じつに頼もしい」
その言葉通りに、うれしそうな顔で、校長先生はひとわたり女子の席を 見わたした。
それから、表情をひきしめてたずねた。
「じゃがな、なんでそういうことになったんじゃろ・・つまり、なんで女子が男子にならんとおえんのじゃ?」
校長先生は知りたくてたまらない、という顔で、ひとりひとりをもう一度 ゆっくりと見まわした。その視線がマリ子のところで止まった。ん? 何でじゃ?
マリ子は何か言わずにはいられなくなって、つられるように立ち上がった。
「・・それはその・・このクラスでは、男子の方が偉うて、有利じゃから です・・」
言いたいことはいっぱいあるのに、最初に出たのはそれだけだった。 校長先生はうなった。
「ほう、男子がえらいんか。どうえらいんじゃ?」
はい、はい、はいと、女子の手がいくつも上がった。校長先生なら聞いて もらえるとわかったのだ。それから、つぎつぎにこれまでの不満が出された。
まゆ子と勝子がくり返し、口を出した。女子のほとんど全員が、何かひと ことずつ言った。
三上裕子は、田中先生に男女同権を勉強してもらいたいです、とつけ加えた。
マリ子ももちろん、女子だの男子だの、区別するのがいやなのだと言った。そう言いながら、マリ子は目のはしで、田中先生の頭がうつむいたまま、 動かないのをとらえていた。
いい気味だ、と思っているのに、胸のあたりがチクチクしていた。なぜか うしろめたい気持ちがわき上がってきて、はなれなかった。
「ようわかった。そりゃあ、男子になりたいわなあ」
校長先生は何度もうなずいた。それから、教卓から身を乗り出して、こう 聞いた。
「で、男子になってみて、どうじゃった? 満足じゃったか?」
はーい、はーい、はい、とあちこちで声が上がった。
おもしろかった!
痛快じゃった!
満足でーす!「
けれども、マリ子はだまっていた。複雑すぎて説明はできない。でも、 どこかちがう、と思えた。
「あたしはちょっと後悔しました」
三上裕子の声がした。
「むりして乱暴して、むりして男言葉も使うたけど、なんか気持ち悪うて・・しぜんにしとる方が、ずうっとええです」
そう、そうよ! わざと、よりしぜんの方がええわ。マリ子は思いきり拍手した。パラパラと拍手が続いて起こった。
校長先生はまた深くうなずいてから、今度は男子を見わたした。
「さて、男子はどうじゃった? どげん思うた?」
しんとなった。
その時、林安志がおずおずと手を上げた。
「・・おなごは、ほんま、きょうてぇわ!」
クラス中がどっとわいた。男子の頭がいくつもあちこちで、うなずいて いる。そのひとことにつきるらしい。
安志は笑いが静まるのを待って、つけ加えた。
「そうじは、女子ばあにやらせるのは、まちごうとる、と思いました」
それを皮切りに、男子の意見もいくつか出た。やっぱり女子がいざと なると、どんなにこわいかよくわかった。このまま続くのはごめんだから、そうじは協力しあおう、という結論がしぜんに出た。