(175) 帽子いろいろ
幼い頃、陽射しの強まる時期になると、立ちくらみのする私のために、父は麦わら帽子を用意してくれた。人一倍恥ずかしがり屋でもあったので、帽子の陰にひっそり身を縮めて、〈かくれみの〉を羽織った気持ちになれるのは、心の安らぐことだった。
その癖がいまだにぬけず、いつの間にかたくさんの帽子がたまってしまった。といってどれひとつ、ピッと形の整ったよそ行きの、というのではない。くしゃくしゃに折りたためて、さりげなくかぶれなくては、手が出ない。
例えば、電車の中で本を読み始めるとき、バッグの隅から帽子を取り出し、目深にかぶって身を隠す。それから安心して読み始め、涙ぐんだり、くっくっと笑ったりする。気取った帽子の下ではこうはいかない。
そんな私のガラクタ帽の群れの中に、ただ一つ場違いに豪華な、縁なし帽がある。家人の北欧旅行の土産なのだ。純白のテンの毛皮で、かぶれば一瞬、貴婦人の夢を見せてくれる。が、帽子が輝きすぎて、私や衣服とアンバランスなことこの上ない。恥ずかしすぎて、かぶれやしない。
身を隠してくれるつばのないことも致命的で、もっぱら箱に収めて〈室内用変身小道具〉に甘んじさせている。
この帽子が日の目を見る日があるとすれば、変色して毛がすり切れて後のことだろう。
人の性格はそうたやすくは変わらないものだ。
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