(171) バルカンの旅
毎年のように外国旅行に出かけるミヤコさんから、こけしに似た木製の筒状の入れ物が届いた。
上部をねじ開けると注射液の入ったカプセルのような「バラの香水」が出てきた。ミヤコさんは今年、ブルガリアを中心に、バルカン諸国を巡り歩いたそうだ。
添えられた手紙には、最も安上がりな旅でした、とある。
「日本の豊かさとは正反対の、物不足が目につきました。裸ではだしの子どもたち。パンを買うための、長い長い行列。何十年か前に、日本にも現実にあった、今はもう忘れかけている情景があちこちにありました」
そこには、この上もなく心優しい人たちが暮らしていた。遠い国から来たお客に、ぜひ食べさせたいと、言葉も通じないおばあさんが、自宅の庭へと ミヤコさんを招じ入れて、たった1本の木になっている、宝物のような 「サクランボ」をごちそうしてくれた。
バスの運転手は、3つほどの停留所までなら、料金は不要、と笑顔で送ってくれた。川が見たいと身振りで告げると、何人もの人がバトンタッチして、川まで案内してくれた。
哀しいまでの優しさをいっぱいにもらって、貧しくなりかけていた心を、癒やされた思いのする旅だったという。
素朴な木の筒に入ったバラの香水は、そのおすそわけだったのだ。私は香りが苦手なため、瓶の蓋は開けずに、そのまま飾って、手紙の文を何度も味わっている。