10-(7) 隣クラスへ伝染
加奈子が笑いながら、こう言い足した。
「2組の男子の言い方じゃ、よっぽどきょうて(こわい)かったんで。 大成功したんな!」
マリ子はついにんまりして、うなずいてしまった。すると、加奈子をとり
まいていた子たちが、口ぐちにこう言った。
「うちらもやっちゃることにしたんじゃ。男子はいっつも乱暴ばあして、 うちら、がまんしとったけど、もうやめじゃ」
「男言葉で、あばれちゃる」
「あしたは、ズボンはいて来にゃ!」
「おもしれぇよ!」
加奈子がしめくくるように言った。
「2組にゃ負けんで! 今からすぐ始めちゃる」
そう言ったかと思うと、5人はさっそくのっしのっしと肩をゆすって、 大またで帰って行った。
となりのクラスまで広まってしまった! マリ子のドキドキはますます高くなって、裕子に知らせにかけこんだ。
翌日の、4年生2クラスの女子の騒ぎといったら!
田中先生は覚悟を決めたらしく、これ以上ないしぶい顔で2組の戸を開けて入って来た。まだだれも席につかず、さわいでいたのだが、先生は戸口の ところで大声をはり上げた。
「今日は、1組の金子先生が、出張されとる。わしがとなりのクラスも 見にゃならん。1時間目は、このプリントを委員に配ってもろうて、静かにやっとれ! わかったな!」
わあっと歓声が上がった。女子のほとんどがおどり上がった。それはいつもより爆発的で、長ながと続いた。
先生は顔をますますゆがめたが、さわぎを制止ようとはしなかった。
かけ寄った三上裕子に、先生はプリントをわたすと、すぐに背中を見せて 出て行った。だれとも目を合わせようとはしなかった。
「にげとるが!」
まゆ子が笑った。
マリ子も同じことを思った。先生は教卓のところまで、近づこうともしな かった。ということは、あのカビだらけのパンの山を女子生徒たちに暴露されたことを気にしていて、できることなら、その話はふれずにおこうとしているのだ。弱みをもっているのは、先生の方だ。マリ子がおびえることはないらしい。
となりのクラスでも、負けないほどの女子の歓声が起こった。その後で、 戸のしまる音と遠ざかる足音がした。先生は1組でもプリントを配って 自習させ、教員室へ帰ったらしい。
それからだった。両方のクラスの女子が、調子に乗ってさわぎにさわいだ。
自分の教室を走りまわるだけでなく、ろうかやとなりの教室まで、あらしまわった。プリントをやる者などほとんどいなかった。そのころには、マリ子が先導しなくても、歯車はどんどんまわっていた。
しまいには、そうじ道具入れから、ありったけのほうきを持ち出して、ふたつのクラスの女子どうしで、おふざけのチャンバラさわぎにまで発展した。
マリ子は初めすわっていたのに、まゆ子たちに引っぱられて、いつのまにかいっしょになってかけまわっていた。ときどき、席からはなれない裕子の姿を見ると、はっとするのだが、興奮しきった頭の方が、つぎの動きにかり たてて、静かにすわらせてくれないのだった。
その間、男子の方は気をのまれたように、いつになく静かで、席をはなれる者も少なかった。
田中先生はその日、どうしたわけか、最後まで教室に現れず、このさわぎを制することはできなかった。
3日目の朝、2組の教室の戸が開いた時、クラスはまだわき返っていた。 女子は机の上にすわったり、とび石のように、机の上をとび歩いたりして いた。
戸口から顔をのぞかせて、それをじっと見ている人に気づいたのは、大熊 昭一だった。
「あああっ、校長先生じゃあ!」
かん高いその声に、みんなその場に凍りついた。それから、あわててそそくさと自分の席へ戻った。
「やっとすわる気になったんか」
校長先生はにっこりそう言うと、ゆったりと教卓の方へ近づいた。おどろいたことに、大きな先生のうしろから、やせて小がらな教頭先生が入って来た。そして最後に、担任の田中先生がうつむきかげんに入ってくると、入り口近くで立ちどまった。その片方の頬がヒクヒクと引きつっているのが、 マリ子の席からも見えた。マリ子は机の下にもぐりたいのを、ひっしでこらえた。
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