(237) ケール
4泊の予定で、H 先生を訪ねた日、門を入ると左手の広い畑に、ニョキニョキと生えている野菜らしき巨大な物に、目を奪われた。丈は1メートルあまり、茎は太くうねって伸び、その先に大きな葉が幾重にも広がっている。
20畳以上ある畑は、その野菜の威勢で、緑のジャングルの感があった。
「あれは何ですか」と、さっそく先生に尋ねると、
「ケールよ」と先生。
「毎朝ジュースにして飲んでいるの。あなたもいかが?」
あれがケールの本体なの!巻かないキャベツみたい、と聞かされてはいたが、あまりに違いすぎる、と思えた。
「喜んで頂きます。私も八王子の駅の近くに、青汁スタンドができて、飲みに出かけてますから」
「それはよかった。飲んで、長生きしましょうね」
先生は数年前、脳梗塞で倒れ、入院先の倉敷病院で、院長じきじきの指導を受けて、ケールの青汁を飲み始めたのだそうだ。
それから4日間の、朝の苦しかったこと!
先生のは〈特別製青汁〉だった。コップを逆さにしても、流れ落ちて来ないほど濃く、布巾でしぼりもしないので、繊維だらけでジャリジャリする。
「八王子のは、きれいに澄んだ緑色の薄い青汁でしたよ、あの方がずっとおいしいです」と、私は正直に感想を述べたが、先生は聞こえない様子で、私の4倍量をぐぐぐっと飲み干した。そして、朝食に使った卵の殻を、ケールの肥料用にと袋に貯めていた。
「出かけますよ」
8時になると、先生は76歳の身で、しゃっきりとして、フルタイムの幼稚園長の仕事に向かった。私はその日先生に同行し、子どもたちと遊ぶことになっていた。
先生の原動力は、あのたくましいジャングル状の、畑のケールだったのだ。