5章-(7) 君は目が高い!
星城高の文化祭で、ダンスパーテイの計画があると、結城君から聞いて、
「すてき。券を売るのだったら、寮のは引き受けます」
直子が目を輝かせた。パーティのことより、結城君に声をかけてもらったことがうれしくてならないのだ。濃いブルーのワンピースが、上気した直子の色白の顔を際立たせていた。
ポールは直子の横顔を見とれている様子で、更に言った。
「浦安にディーズニーランドもあるよ」
「そうね、いつか皆で行きましょう」
「2人で行くのはどう?」とポール。
直子はちょっと考えて、ニコッとするとイエスと言いながら、うなずいた。
パパはニコニコして聞いていたが、英語でポールに何事か言った。ポールは赤くなって、照れたように、結城君と香織の方を見た。香織は両方とも聞き取れなかったが、結城君は何も説明してくれなかった。
「パパ、あの時ポールに何て言ったの?」
しげったサクラ並木の向こうに、寮への曲がり角が見えていた。香織はパパの腕にもたれて、残りわずかの別れを惜しんだ。
「何でもないさ。君は目が高いね、って言ったのさ。内山さんという女の子の素晴らしさに、ひと目で気づく青年は少ない気がしてね。あの人の見かけや、口数の多さに圧倒されて、なかなかふたりきりのデートを申し込む人は、いないのではないかと気になってさ」
パパったら。香織は笑ってしまった。会ったばかりの直子のために、親身になって心配して、直子のために口添えしてあげてる。パパが直子のよさに
すぐ気づいて、好意を示してくれたのが嬉しかった。直子はほんとにいい人だもの。
「パパは安心したよ。香織が補欠にも満たない状態で、ムリして清和に入って、みじめな思いをしているのでは、と気になっていたんだ。ルームメイトに恵まれたね。
でも、勉強に追われるだけの青春なんて、哀しいものだよ。後になって、 何の思い出も残っていないなんて、生きてるかいがないよ。落第だけはママを悲しませるから、なんとか避けようね。後ろから何番目だって、最下位のままだってかまやしない。
パパみたいに空を飛んでるとね、いつ何が起こるかわからない。乱気流も ある、鳥がエンジンに飛びこんで、航行不能にもなる、時にはエアジャックだってある。仲間で事故死もすでに2人いる。生きてるだけで、御の字だって、ほんとに痛感するよ。香織は今の時を楽しむんだ。生きてることを充分に楽しめ。失恋したっていい。その事で、人生の喜びも悲哀も知って、大きくなっていけるんだ」
パパの深い声が香織の胸に染み入った。
結城君の顔がふいに浮かんだ。思いきり感じの悪かった、初めて寮を訪ねてきた日の顔。からかう時の顔。そして時折見せるまじめな顔。思い出すと、なんだか胸がキュンとなる、また会ってお話しできるといいな、と思ってしまう。からかわれたり、はぐらかされたり、皮肉られたりすると、その言葉で、香織はすぐにむくれてしまうし、反発しもしてしまうのに・・。なぜか片えくぼの浮かぶ笑顔や、泣きそうだった顔や、まじめな顔が浮かんで、ドキドキしてしまう。とりわけ、さっきの腿へのキスなんか・・。思い出さないようにしたいのに・・。
寮の玄関が近づいてくると、パパが急に思い出したように、声色を変えて
言った。
「さてそれでは、寮監先生にご挨拶して、帰ることにしようかね。香織にはまだ話したりないこともあるけど、またの日にしよう」
パパはドアの前で、ネクタイのゆがみを点検し、靴の手入れを確かめた。
香織は靴とラジオの入った袋を振りながら、
、
「パパ、今日は何もかも有り難うね。これ大切に使います」
と言い残して、昇降口へと向かった。
荷物だけはへやに置いて、パパを門まで見送りに行こう。それから、着がえをすませて、夜は予定通り、勉強するんだ。せっかく丸印は4つ続いているもの。直子は映画でいないけれど、ひとりでちゃんとやるわ!
誰もいない廊下をへやへ急いでいると、靴の入った大きな袋が腿にあたった。その時、ふっとまたあの腿の温みを思い出して、立ち止まってしまった。結城君のあのしぐさ! 思い出すだけでも、頬に血がのぼってしまう。 その血が頭にもめぐって、ある思いが浮かんで、はっとした。あれは、妹にするはずのない・・そうよ、妹にじゃなく、香織にだわ!