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2章-(2) 担任に呼ばれて

実力考査がとにかく終って、4月も半ばになっていた。寮での生活も少し ずつなれて、当番もあと週番だけが未経験だった。

その夜、いつものように、直子はラジオ体操のメロディを口ずさみながら、

「オリもこうして毎晩やるのよ。つき合ってあげるからさ」

「え? 直子のダイエットに、私がつきあうんじゃないの?」

「言うじゃない、オリ。その調子よ。はい、おおせの通りでございます!」

2人で笑いながら、ラジオ体操2までやり、それを、寝る前の恒例とすることになった。

次の朝、香織が朝食をこのところ、完食するようになったね、とほめながら、1号室に帰りつつ、直子はこんなことをつけ加えた。

「渡辺さんに聞いたんだけど、若さまには上級生のファンがいっぱいだから、1年生が割りこむとヤバいよ、だって。オリはお熱あげちゃ、だめよ」

「わかってる、大丈夫」

香織は笑ってしまった。直子は本気でボーイフレンドを探しに上京してきたのだ。それなら、女子寮を選んだのは、見当違いな気がした。

香織の成績に関する危機は、早くもその翌日にやってきた。

若杉良介先生が、国語の授業の終わりに、何気ない調子で香織に言った。

「笹野、昼に弁当をすませたら、職員室へ来なさい」

B 組でただひとり呼ばれたのだった。何だろう。香織はあれこれ思い巡らした。実力考査の結果が出たのでは、とそんな予測がついた。

試験問題は、有名校だけにさすがに難しいものだった。香織はどの科目も 全部はやり終えられず、直子が平然としているのも、ショックだった。自分だけがついて行けそうもない、そんな氣がして、不安が強くなった。

香織は寮から持たされたサンドイッチを半分だけ食べて、職員室へ向かった。

先生は窓辺の席で、分厚い本を読んでいた。

「どうだ、学校はもう慣れたかい」

先生は隣の席に香織を座らせて、気さくに話しかけた。香織は小さくうなずいた。成績が悪すぎて、転校を勧められるのかも、と身構える思いだった。

「うむ、こりゃあ、対策が必要だなあ」

先生は唸った。実力考査の結果表を、香織の前に広げて見せた。学年最下位だった。入試の時は、正規の補欠に2点足りないと聞かされたが、この表では、ひとり上の人とは、33点の差で最下位だった。

ママに知らされる!  目の前が暗くなる感じ。香織はうなだれた。

「春休み中、遊び回ったな」

早くも涙がにじみ出た。香織は首を降った。女学園不合格とわかって後の、忙しかった日々がよみがえった。都内での高校探しから、受験。パパの転勤決定で、都立高を断り、大阪の私立高探しと手続き・・。それで忙しくて、テキストを広げるひまなんて何も・・と口の中で、もぞもぞと言った。

「なんだ、それだけたくさんの理由があったのなら、もっと堂々とはっきり言え。いじけるヤツは、サイテイだ!」

先生はきついことを言ったつもりだが、実は押しが利かない。細身で小柄な上に、わずかに目尻の下がった目は、笑っているように見える。香織は少し気がらくになった。いじけるな、と言われても難しいけれど。

「これから、担当の先生を回って、勉強の取り組み方を教わるんだな。僕 からも口添えしておこう。入学時の成績が低くて、世話がやけそうだということで、担任が責任をもつことになっててな。僕が B 組を引き受けたからには・・」

先生は言葉を濁したが、香織には察せられた。先生は責任をもって、香織が皆についていけるよう、支えてくれるつもりなのだ。香織のにぎりしめた両手が、涙でかすんだ。成績の悪い人はとがめられて、退学や転校を勧められるかもと思っていた。江本先生の話は心に残ってはいても、信じ切れなかったのだ。

「問題は週8時間の英語だな。近藤先生の文法と読み物、田辺先生のリーダーと作文、ミスニコルの会話のどれかに、毎日しぼられるわけだ。わからない時は、押しかけていって、質問攻めするつもりでやるんだ。いいか笹野、自分はできない、と思いこむな。誰にも無限の可能性がある。いじけるやつと、簡単にくじけるヤツは、サイテイだ。若さがない!」

先生は明快に言ってのけた。それからちょっと声をひそめて続けた。

「実は、僕も英語は苦労した。高校の時、3回赤点をとってしまって、大学進学はムリだと言われてな。そんな時、ひとりの英語の先生が、徹底的に めんどう見てくれたんだ。他の科目は優秀だから、1科目苦手ぐらいで、 教員志望をあきらめるな、と言われてね。図書室のすみで、毎日つきあってくれた。僕にはそこまでの力もないし、気力もない。国語の質問なら、いつでも受けるぞ。とにかく精一杯やれ、いいな」

香織はうなずいた。こんなにやさしくされていいのだろうか。試験の前日にも、編み物の製図にうちこんだりして、自覚が足りないよ。先生、わたし本気でやります、と心の中で叫んだ。

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