
7章-(5) 夏休みの計画
ポールとの英会話の日に、夏休みの過ごし方が話題となった。ポールに休みの間、アメリカへ帰るのかと、香織が英語で質問したのだ。すると、ポールが日本語で、こう答えた。
「カエラナイ。ニッポンヲ イッパイ ミタイ デス」
「たとえば、どんなところを?」と英語で。
「いっぱいある。日本は、アメリカとちがう。魚の種類がいっぱい。海と 水族館を見る。木の種類がいっぱい。だから山へ行く。温泉がいっぱい、 お城がいっぱい、テレビ見てたら、見たいものいっぱい、そうだ、銭湯もある」と、ポールも英語で。
「そんなにあると、夏休みが足りないでしょ、ポール」
「足りないね。バレーの合宿ある。高尾山ワンゲルもある。わお、どう しよう」
「一年の留学では、足りないでしょ。もっと長くいれば?」
「そうする。そうしたい。こっちに住んでもいいくらいだ」
香織は思わず、結城君の方をふりむいた。彼は同じへやのソファに座って、新聞を広げている。話はいつだって、ちゃんと聞いているのだ。思った通り、口を出してきた。
「ポール、おれがガイドってことになるから、今夜にでも予定表作ろうぜ」
「そうしよう、オレ、休みの最初に、宇都宮の直子の家を訪ねる約束した。2日間ね」
「へえ、もうそんなに・・。わかった。それも入れよう。カオリはどう するんだ?」
突然、質問が香織に飛んできた。
「大阪に帰らないと・・皆待ってるもの・・」
ママが特にね、と言いかけて止めた。
「そうだ、ポール、大阪にはぜったい行こうぜ。城なら見応えのある大阪城がある! それにカオリのパパさんに、もう一度会いたいだろ?」と結城君。
「それいい! ショウジ! イコウ、オオサカ! パパさんと話したいよ!」
香織はあわてて口を出した。
「待って、日を決める前に、パパにオフの日を先に聞かないと、会えない もの」
2人が家に現れたら、ママはどんな顔をするだろう。ポールは大歓迎だと しても、結城君は約束違反って言われるかな?
「今日のカオリ、冴えてるね。さっきから、全部英語で、なんとか言えてるじゃないか!」
と、結城君が、親指を立てながら、香織をほめた。
そう言われて、香織も自分でびっくり、肩をすくめて照れてしまった。
「ポールの方も、日本語で言えてるよ。直子のおかげもあるだろうけどさ」
ポールは赤くなって、頭をかいた。
4月からの短い間に、短い言葉なら、会話を交わせるようになっていたのだ。パパに教わったラジオ講座を、掃除当番をしながらイヤホンで聴き、夕方の散歩の時には、声に出して真似していたのも、効果ありなんだわ。これを続けよう! 実際に話す時に、少々まちがえたって、言葉を並べていけば、伝えたいことは伝わっているみたい。
「ワンゲルの日は、いつだった?」と結城君。
「8月の第3土曜日」と香織。
「バレー合宿に、8月初めの1週間は痛いね。その他に、部活が週2回あるしな。これだと、7月中に大阪行きにしないと、ムリだな」
「パパのスケジュールを、今から聞いておくね」
香織はそう言いながら、嬉しいような気がかりのような、複雑気分だった。ママの顔がちらつくものだから。
結城君のママが、水ようかんと麦茶を載せたお盆を捧げて、リビングルームに入って来た。ポールがすぐに立ち上がって、受け取りに行った。
そのすきを待っていたように、結城君が香織の方に身を寄せて、小声で言った。
「ポールが宇都宮へ行ってる間に、2人でどこかへ行こう」
え? まさか2日間? 泊るの? 香織の顔を見て、すぐに察して結城君は 続けた。
「1日は映画とか演劇とか、1日は千葉の海辺とかさ、どこでもいいけど」
香織は小さくうなずいた。ワクワクしていた。寮が閉ざされるのは、7月の末だから、宿泊届など、出さなくても遊びに行ける。その2日がすんだら、大阪へ帰ることにしよう。うれしーい!
結城君はさらに早口で言い添えたあと、ポールが盆を持って戻って来たので、姿勢をすっと元に戻した。
「その時、おふくろにちゃんと紹介するよ、おやじにもね」