(208) 花火の夜
「思い切って出て来てよかった!」
原夫人は芝生に敷いたシートの上で、くつろいでいる夫を見返りました。
夕闇の藤森競技場には、フィールドから見物席にかけて、大勢の人波が揺れています。
ドーン、シュルシュルシュル、パッと巨大な花が夜空にはじけました。
おお!どよめきが走ります。赤、黄、紫、青、オレンジ・・パッパッパッと一瞬ごとに色を変え、色ガラスをまき散らしたようにきらめきます。
「迫力あるわねえ」
すぐ側で興奮した女の人の声がします。原夫人はまぶたに残る大輪の花の 残像に、うっとりと目を閉じていました。
「あれっ、上田先生!」
旧姓を呼ばれて目を開けると、明滅する光の中に、覚えのある顔が!
「漫画大好きの森です。今は須田ですけど」と、名乗られて、ああ!と夫人は叫び声を上げました。
20数年も前のこと、早耳の女子高生たちは、ある日、教室の黒板一杯に、落書きを描き連ねて待ち構えていました。
「先生、ご婚約おめでとうございます!お幸せに!」
大きな文字の下に、花嫁花婿と、そのまわりに、花束に花輪、そして花火 までもにぎやかに描き上げてありました。
あの時の言い出しっぺは、漫画好きのあなただったのね、と夫人は胸の中でうなずきました。
「あの時の黒板の花婿は、こちらよ」
原夫人はいたずらっぽく、隣にいる夫を紹介しました。かつての教え子の 須田も家族を引き合わせました。男の子と女の子二人に恵まれていました。
ドーン! 華やかなスターマインが頭上に広がりました。連続打ち上げの あでやかさです。歳月をも照らし出すように・・。