(126) ののさま!
朝子は小さい時から、毎朝仏壇に手を合わせて、お祈りをしています。2年前に亡くなった祖母が、朝子の幼い頃に、短いお祈りの言葉を、根気よく教えてくれたのです。
今では、2人の弟も真似をするようになって、朝食前には、3人の声が仏だんの前で入り乱れます。腹っぺらしの弟たちは、一刻も早く食卓に着こうと、早口で決まり文句をわめきます。
「ののさま、よい子にして下さい。交通事故にあわないようにお守り下さい!」
朝子も以前は弟たちと争って、大声を出していたのですが、いつ頃からか、口の中で小さく言うようになりました。ママより背が高くなると、なぜか人に聞かれるのが、恥ずかしい気がしてきたのです。唱える言葉も、なんだか変に思えてなりません。
ママは毎朝、たきたてのごはんと一番茶を仏前に供えます。コップの水を替え、ろうそくに火を灯し、3本の線香を立てます。
お弁当作りで忙しい朝も、この手順を崩しません。生前に祖母が欠かさずやっていたことを、ママは引き継いでいるのです。
そうしてみると、いずれ朝子も引き継ぐのでしょうか。
仏壇の祖母は、穏やかに朝子を見つめています。
「おばあちゃん、いつも見守っていてくれて、ありがとう」
近頃では、朝子は、自分だけの言葉をつぶやいています。
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