3章-(3)84歳の誕生会へ
初めて新しい制服を着て学校へ行く日、エイがいつものように待っていた。エイもLL判のグレー色のブレザーに、グレー地の格子スカートをはいて、照れくさそうに顔をしかめてみせた。
「あたしじゃないみたい。みゆきは似合ってていいなあ」
ちらと見て、エイには古い紺色の方が似合ってた、とみゆきは思う。
「その服でにっこり笑ってみせたら、みゆきはミス1組になれるのに」
言い捨ててエイは、すいと正面を向くとすました顔になって、どんどん歩きだした。みゆきが笑えないでいることに、気づいているんだ。
その日、園芸部の初めての会で、みゆきはパンジーの花束をもらった。エイはチューリップだった。校門のわきの花壇で、先輩たちが育てたものだ。
「1年生は2人だけだから、がんばって。その花を見せびらかして、ほかのだれかを誘ってきてね。ぜんぶで7人じゃ、廃部にされるか部費を減らされそうだわ」
2年生の川井部長が情けない声を出した。園芸部というのは、地味で人気のない部なのらしい。
「はーい。誘ってみます」
ここでもエイは出しゃばりだった。
川井部長はふたりに花壇の見取り図の1画を指さした。
「ここは1年生が責任もってね。何を植えてもかまわないよ。種は部室に いくつか残っているし、家にあるものを苗として持ってきてもいいし」
「はい。それじゃ、こっちの半分に、あたしはコスモスを植えます。大好きだから。みゆきは、残りの半分に、なんでも好きな花を植えるといいよ」
みゆきはうなずいた。エイと別べつの1画が持てることに、ほっとして いた。ここだけはエイに指図されずにすみそうだ。部室にあるという種を、どれでもいい、ひとりでこっそりまいておこう。
園芸部の活動は週に2回、放課後に1時間ほど、花壇の草取りや植えかえ、肥料やり、花の名札立て、水やりなどする。
全員でやる作業が少ないのは、ひとりひとり受け持ちの区画の、水やりや 草取りを、日頃からそれぞれにやっているせいらしい。そんなことが好きな人たちの集まりなのだ。その意味では、みゆきには似合わない部に入って しまったのかもしれない。花鉢の水やりしかやったことないのだから。
その日は図書館に本を返しに、まっすぐに家に帰るつもりだった。でも、 エイはみゆきの背中に腕をまわして言った。
「おばあちゃんたちが今日は、楽しみにして待ってるって、言ってたから、いっしょに行こうよ。ごちそうしてくれるんだって」
けっきょく、黙ってついていく方が、みゆきには楽なのだった。
赤いポストを曲がって、生け垣の中へ入ると、ふぁふぁふぁと、聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
「ただいま、あきおばあちゃん。ただいま、よしのおばあちゃん」
エイは開いた戸口から、いつものあいさつを入れる。
「おかえり、待ってたのよ。さあさあ、どうぞ」
あきおばあさんは、こい緑色のニットのワンピースを着て、ほっそりとしてすてきだ。
ちゃぶ台の上にお皿に山に盛ったいちご、ジュースのグラス、紅茶のカップ、焼いたホットケーキを受けるお皿、などが並べてあった。
「いいにおい! はらへったぁ!」と、エイ。
「おやおや、お里が知れますよ。さあ、すわって、おふたりとも。今日は、よしのさんの誕生日なの。84歳になるのよ」
そのよしのさんは、淡いねずみ色のブラウスに、紺色のカーディガンを着せてもらって、にこにこしてちゃぶ台の前に座っている。
「それじゃ、この花をプレゼントしちゃお、おめでとうございます!」
エイはあっさりとチューリップの花束を、よしのさんの手に押しこんだ。
「よかったわね、よっちゃん、ありがとは?」
あきさんに言われても、よしのさんはにこにこにこにこ笑うばかり。その目がみゆきの手元を見ている気がして、みゆきもパンジーの花束をおずおずと差し出した。
「まあ、よかったわね、よっちゃん。もうひとつ頂けるなんて」
あきさんはガス台で、ホットケーキを焼く手を動かしながら、みゆきに軽く頭をさげた。
「この人、何もわからなくなっているみたいでしょ。でも、やさしくされているか、冷たくされているかは、ちゃんと感じ取っているのよ。あなたの お気持ちは、伝わってますよ」
みゆきは笑いかけてくるよしのさんに、後ろめたくてまともに見返せない。わたしはやさしくないもの。花を手放したかっただけ。それに、あきさんの目に、何もかも見ぬかれているようで、気が重くなってるだけ。