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      1-(3) おはやし

夕食後、ラジオの〈話の泉〉が始まったのに、お兄ちゃんの姿がない。マリ子が2階に向かって叫ぼうとしたら、おかあさんに止められた。

「弘は正太さんとこの納屋で、おはやしの練習をしとるのよ」
「おはやし?」
「そう。4月8日の花まつりに、信教寺さんの稚児行列があるんじゃて。お寺の60周年記念とかで、鐘つき堂を新しうして、お祝いするそうな。男の子はたいこやかねや笛を鳴らして歩くそうな」

そう言えば、どこかでたいこの音がひびいていた。

「おもしろそうなが! うちもやりたい」
「なに言うの。女の子はみんな着物を着て、お稚児さんのお化粧して、行列して歩くんじゃて。マリちゃんはどうなさるか、て川上さんのおくさんが、さっき聞きにみえてな」
「もっちろん、着物やこ着やせん」

おかあさんは、やっぱりとつぶやいて肩を落とした。それから説得にかかった。
「マリちゃん、着物は瀬戸のミドリさんのを借りてきてあげるけん、お願いじゃけん、着てちょうだい。あんたは、もう〈はちまんマリッペ〉て呼ばれてるそうなな」

なんて早耳! さてはお兄ちゃん、言いつけたな。口止めしとくんだった。

瀬戸のおじいちゃんちの、従姉のミドリの着物なら、マリ子が苦手の華やかなやつに決まってる。赤や黄色の花がいっぱいの・・。ミドリの姉で、国体にも出た体操選手の園子さんのなら、マリ子向きかもしれないけれど、着物なんて!

「引っ越して来た日に、もうそげな名がつくなんて、マリちゃん、何をしたの?」
「なーんも。トーチカが面白かっただけ」

「トーチカがもう取れたんか」

おとうさんは目を細めて、自分も見たそうな顔になった。

「おとうさん、のんきなこと言うて! マリ子も背が伸びて、もうむすめに 近いんよ。はちまん、なんて、つけられて・・」

むきになるおかあさんが、マリ子にはふしぎだった。何が心配?  何もいやがることはないのに・・。

「はは、うまいのう、ぴったりじゃちこ」

おとうさんはちっとも気にしていないらしく、そう言った。まるでラジオに聞き入ってたふりをして・・。

マリ子はそっと家を抜け出した。おぼろな月明かりの下を、正太の家の裏木戸をくぐり、屋根つきの井戸のそばを通り、太鼓の音を目当てに納屋へと、どんどん進んだ。

「こんばんは! うちも入れて」

マリ子は納屋の開き戸を開けるのといっしょに叫んだ。音がぴたりと止んだ。

「おなごは稚児じゃ」

灰色シャツのしげるが、きっぱり言った。

「稚児やこ、うちはならん!」
マリ子も負けずに言い返した。

「こら、マリッペ、早ううちへ帰れ」
お兄ちゃんが笛を手に、居心地悪そうに言った。

「帰らん。うち、おはやしやりたいもん」

「おはやしは男、おなごは稚児じゃ、て」
お向かいの家の俊雄が、力をこめて言った。

「だれが決めたん。やりたいものをやればええが。男でも、稚児をやり  たきゃ、やれば」

マリ子の提案にみんな、ぷっと吹き出した。

「マリッペは、稚児は似合わんで」

一番チビの良二のなまいきに、みんなはますます笑った。マリ子も笑った。その点では、みんなも認めたみたいだった。

「ほんなら、こっちに入れるしかねえのう」

正太の重いひとことで、マリ子は納屋の真ん中に入りこんだ。ところが、それからが簡単ではなかった。

「たいこはおえん(だめ)。わしと正太じゃ」
しげるがばちを背中に回した。

「小だいこも、俊雄と和也とおれじゃ」
良二が胸を張った。正太が続けた。

「笛はむつおと順一と弘で、鉦 (かね) はさとしじゃったな」
「ほんなら、うちはなに?」

マリ子はあせった。やらせてもらえるものがないなんて。せっかく仲間に  なれると思ったのに!

「うむ、そうじゃのう、ささらか・・」

正太はかべぎわの棚の、古い木箱を開けに行った。
しげるたちが肩をすくめて、笑い合っている。何かいわくがあるらしい。

正太は30センチほどの細切りの竹を束ねたささらと、刻み目の入った長いささら棒を持ってきた。

「こわれかかっとるけん、使えんかもしれん」

くすくす笑いがますます広まった。

マリ子が手渡されたささらは、ぐさぐさになっていた。棒の方にも亀裂が入って、いつ2つに裂けるかわかったものではない。まるで、マリ子を仲間に入れないための策略みたいだった。マリ子はすぐにその2つを抱き取った。

「おとうさんに直してもろうてくる」
「あほ、マリッペ、頼むけんやめてくれ」
気弱なお兄ちゃんの説得は迫力なく、効き目はゼロ!

「じゃませんでよ、お兄ちゃん、うちは、おはやしがしてえの!」

マリ子はさっさとそれらを持ち帰った。おとうさんがきっと直してくれる。
大分県の山奥出身のせいか、おとうさんは竹ざるを編んだり、木箱や机、 碁盤を作ったりするのが得意だ。暇さえあれば、何か手仕事をしていた。

ささらはその夜のうちにきちんと治り、マリ子は翌日の晩から、おはやしのひとりにおさまった。

ささらの〈しゃらしゃら〉が加わってみると、おはやしはいちだんと豊かな音色になり、だれもマリ子に文句を言わなくなった。

むしろお兄ちゃんの笛の方が問題だった。なんどくり返しても、音を間違えるし、リズムも遅れるのだ。

「弘、もう間に合わんけん、今年ゃ、ぴっぴっぴと同じ音だけ鳴らしとけ」正太はとうとうそう命じて、切り抜けることにした。

ドーンドーン、ぴっぴっぴっ、
しゃらしゃらしゃら、しゅっ、
トトトントン、ぴいるるる・・

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