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4章-(2) 秋のワンゲル登山

9月は文化祭騒ぎで、ワンゲル部の週1回の部活も休んだ日が多かった。    それでも香織は、毎日の散歩は1日も欠かさず続けていた。

10月最後の日曜日、朝の7時半、吉祥寺駅に以前と同じく、清和女学園の    15名と星城男子校の15名のワンゲル部員が集まっていた。先生たちも  どちらも同じ顔ぶれだった。

香織を見つけて、にこにこ顔を抑えるような微妙な表情で、結城君が隣へと寄ってきた。

星城高のワンゲル部顧問の須山先生が、今回も団長だ。吉祥寺駅は人の出入りが多いので、先生は生徒を招き寄せると、いくぶん小声で言った。

「今回は御嶽山と日の出山を目指す、皆、すでに渡してあるパンフでわかってるはずだ。中央線の立川駅で青梅線に乗り換え、御嶽駅で降りる。立川駅も人が多いから、乗り換えを間違えるな。普通はケーブルカーで行くハイキングコースだが、我らは徒歩で2つの山を登る。距離は短いし、道も楽な方だから、文化祭ご苦労さんの慰労会みたいなものだな。前みたいなペアで  とか、言わないから、自由にはぐれぬように、楽しんで行ってくれ」

説明はそれで終わり、誰も質問もなく、ざわざわと笑顔でしゃべり合いながら、改札へ向かい、高尾行きの下り電車に乗った。

都心からの客で電車は混んでいて、香織は座れず立っていた。その側にぴったり結城君が寄り添っている。直子は隣のポールと英語と日本語で話し合っている。他の人たちも、元ペアだった組が多い。はずれた人同士で、声を  かけ合って組になっている人もいる。

秋の行楽シーズンではあり、リュックを背負った、中高年の男女がとても 多い。奥多摩から丹沢山系のあちこちの山に向かう人たちだ。重い登山靴 をはいている人がほとんどだった。

香織は、えんじ色の軽いトレッキングシューズをはいていた。

肩を突かれて、見上げると若杉先生が、見下ろしていた。
「すっかりご無沙汰で、寄りつかなくなったね。ニットで忙しいんだな。 中間テストの結果も気にしていないみたいだ。それはそれでいいんだが、 今度はよくやったと、感心したよ。あの文化祭の騒ぎの後だし、今もニットを続けなきゃならないと、佐々木や内田が心配していたが、そんな中でも、成績が上がってたとは・・」

先生は他の人に聞こえないように、ささやくような口ぶりで言い続けた。
「え?   ほんとに?   先生?」

香織は信じられない思いだった。数学はめちゃくちゃだったし、ほかのも 難しく思えていたから・・。でも、あの目次を見ながら、テスト範囲の部分を暗記して、タイトル見ただけで、内容を書いてみたり、口の中でつぶやいたりしたのが、効果あったのかも・・。

「驚いたのは芦田さんも上がってたんだ。文化祭で、笹野のニットを支える係をやってただろう。きっと笹野に影響されたんだろうな。ひとつのことに熱中してる姿を、ずっと見てたんだから」

へえ、芦田さんも上がったんだ。ということは、香織は少なくとも下から 3番目かそれよりもっとよくなった、ということなんだ、と察せられた。 先生は何番とは言わずに、ほめるだけほめて、その場を離れて行った。やっぱり結城君といっしょか、と言いたげな笑顔を残して・・。他にも言って おきたい人がいるのだ、きっと。

「ニットがオリの成績まで上げるとはね、凄いというか、不思議な現象と 言いたいな」
結城君の言葉に、香織は腕でツンと彼の腕を突いてやった。

「ある方法で、ちゃんとやった結果ですよう。でも、私の代わりに誰かが 下になって、嘆いてるんだわ。私は順番なんか、どうでもよくなってるんだけど」
「へえ、そうなんだ。悟っちゃったみたいだな」
「ん。いっしょけんめいやったってことだけ、自分にわかれば、それでいいの」
「そうだね。それがわかれば充分だ」

そう言った後、身をかがめるようにして、香織の帽子の中に小さく言った。
「山道で、2人になれたら、あの手紙を返すよ」
香織は黙ってうなずいた。   

山ではあんな重たい話は忘れていたかった。でも、結城君がどう思って、 どんな感想か意見を言ってくれるか、聞きたい気持ちも大きかった。何かを言ってくれるはず、という期待と信頼感があった。

立川で青梅線に乗り場まで歩いて、しばらく待って電車に乗り込んだ。今度は何とか座れた。沿線の木々も色づいてきている。青梅駅で後ろ半分が切り離され、奥多摩行きとなって、6駅目に御嶽駅に着いた。

「いない者はいないかあ?」
と須山先生が叫んで、どっと笑いが起こった。

「あそこにバス停が見えるだろう。あそこからバスに乗るが、発車までに 15分ほど時間があるから、トイレはすませておけ。乗り遅れたら、ケーブル下まで歩くことになるから、遅れるな」

御嶽駅はこじんまりして、小さい駅だが、感じのいい田舎風の駅だった。

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