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 1章-(8) 大道芸の不快

へやでとろとろと眠った後、6時半、夕食にふたりで外へ出た。ホテル前の、例のたくさんの椅子の前の通りでは、大道芸が始まっていた。すべての椅子が通りに向けられているのは、通りを舞台にして、芸人達がパフォーマンスするのを、椅子の人たちが楽しむためのようだった。

バイオリンを弾いている一団。即興のコメデイを演じて、笑いを呼ぼうと している男は、通りがかりのカップルの女性を、自分に抱き寄せたりして いる。

私が足早にそばを通り抜け、ふと振り返ると、そのコメデイアンらしい大男が、夫を相手に引き入れようとしていた。オランダ語で何か話しかけたり、ポケットからメジャーを取り出して、夫の身長に宛ててみたりしている。 その男が何か言ったらしく、客がどっと笑った。つまり夫が 163cmのチビ であることを笑いものにしているのだ。私は不快だった。夫は表情を変えず無視したままやりすごしたが、気分を害していたに違いない。

夫はオランダ語のからかいを理解したはずなのに、その後も一切その件には触れなかった。それだけに察せられた。                後になって思いついたのだが、あの時私がにっこりして「小柄でも、明日は世界中の数学者といっしょのカンファレンスで、発表するのよ」と、言ってやればよかった、と。でも、自慢たらしくて、嫌みだわ、言わなくてよかった。やっぱり無視が一番、とすぐに思い直した。

ホテルを出る前に、フロントの女性に質問してみた。
「近くのレストランで、〈ツーリスト・メニュー〉を出してくれる所はありますか?」
「どの店でも出してくれますよ」
という返事をもらったので、安心した。

ガイドブックによると、(メニューに、らしいが) 特別のマークがついていて〈スープ・メインディッシュ・デザート〉が出され、20Gというのだった。期待して探したが、結局、最後の日まで、一度も巡り会うことは なかった。

その日、昼食のためレストランを探し歩くことになった。。どの店の食べ物も、ギトギト脂ぎった感じがして、入る気にならず、最終的に決めたのは、メキシカンらしいステーキハウスだった。
騒々しい音楽と、賑やかにわめき合う人々の中で、クリーミーフィッシュ スープとサラダ・ステーキ・フライドポテト・パンの食事をすませた。音と騒ぎにはいつまでも慣れなかったが、料理はおいしくて、助かった。

チップは無し。夫はギルダーをたっぷり持っているのに、1度ツーリスト・カードを使ってみたいと言い出し、それで支払うことにした。

夕方8時40分というのに、まだ日は高く、山がないので、太陽は中天に いつまでも留まっている感じがする。

夫は早々と入浴をすませ、シャツなどひと揃い自分で洗って、ロープに干している。1日動き回って疲れ、私はシャワーをなんとかすませると、眠くてたまらず、薬ものまずに早々と眠った。

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