ツナギ9章(8)ひらめきと夢(最終回)
それでだが・・と、オサはさらに続けた。
「今夜洞に全員寝るわけにはいくまい。一気に増えては、洞の中がまた息苦しくなる。さっそく今夜からふた手に分れよう。ババサがこちらを選ぶなら、ヤマジは一家でこっちだ。後はくじびきにしよう。で、このお2人の 娘さんたちだが・・」
と、オサが思案するように言いかけると、チノとチカの声が重なった。
「洞で寝てみたいです!」
ツナギの胸がドキンッとはねた。体ごと跳び上がりそうだった。サブも嬉しそうにチカを振り返った。
「なるほど、では、わしも洞にしよう」とオサが言った。
シオヤの親父が作ったくじ引きで、残り11家族の場所が決まると、まだ 宵の明かりの残る間に、皆いっせいに荷運びと準備にかかった。
ウオヤはわら布団を担ぎながら、大きな声で言った。
「わしは明日から、魚取りを始めるぞ。モッコヤは、次の家の準備だが、 まずはカジヤの家が先はどうだ? 鍛冶場ができて、どうぐが増えれば、 後の仕事がはかどるだろ」
モッコヤとオサも皆もなるほど、とうなずいた。
すると、シオヤは船で塩を買いに行ってくると言い出し、カリヤたちは狩を始めると言う。
ヤマジが、トナリやカジヤと木を切って、モッコヤを助けねば、と言った。
「八木村からもらった種を植えないとね。俺たちと子どもたちでやろう」
ゲンはそう言って、トナリの息子や帰ってきた子どもたち皆を見回した。 すると、トナリの息子がもっと大きな事を言い出した。
「先に、となりの朝日村を探検に行ってみないか。アシの芽がいっぱい出てるはずだし、レンコンや里芋の芽が出てるかも知れないぞ」
「そりゃあいい。あの広い田んぼや畑なら、きっと何かあるよ」
と、シオヤの息子はさっそく、父親の船にゲンとトナリと自分を乗せてもらい、朝日村で下ろしてもらうよう頼んだ。
シゲに負ぶわれたじっちゃのすぐ後を、ツナギは洞へ向かって歩きながら、あらためて朝日村のことを考えていた。広間を建てることに夢中ですっかり忘れていた。あの広い無人の土地、ただ塩にやられて、野毛村と同じく当分作物は育たないだろう。
あの土地と野毛村との間の堀のような川に橋をかければ、船で遠回りしなくても行き来できるのでは・・。
それより、なんとか土から塩を抜けないかな。年月を待つしかないのか。例えば、広間の床を削って壁土を作ったように、塩を含んだ上土を、根気よく削ってみたら、どうだろう。削った土を朝日村との境の堀を埋めていけば、橋を作らなくても、2つの村の土地が地続きになって、広い土地を持つ村になるじゃないか。
うまくいけばすごいぞ! じっちゃやオサやみんなに、近いうちに話してみよう、とツナギはたった今ひらめいた思いつきで、わくわくしていた。
じっちゃはシゲに負ぶわれて先頭を進みながら、シゲの耳につぶやいた。
「そろそろ八木村へ行ってみねばな、シゲ。赤子ははやく生まれたりも する。ハナの子を、わしも楽しみにしとるでの」
シゲはだまって頷いたらしかった。じっちゃは嬉しそうに大きく言った。
「これこそ春じゃのう! 仕事も何もかも今年の始まりじゃあ」
その夜、洞の炉の部屋で、じっちゃの寝床近くにツナギが、その側にチノの寝床。少し離れて、チカとその向こうにサブの寝床を並べて、皆床につき 休んでいた。
こんな夢みたいな日がくるなんて! ツナギは目が冴えて眠れない。カサコソと音がして、チノの手が、ツナギのわら布団の下を探ってきた。その手に そっとふれ、頭の先までカーッとしながら強く握り返した。温かく柔らかい手だ。チノも握り返してくれて、ツナギはますます胸をとどろかせていた。
こんな風に、嬉しい楽しい日が、これからもあるんだ。大揺れの日や食べ物に事欠く日や、思い迷う日があっても、きっとまた笑える日もあるんだ。 チノとなら、きっと・・。
6代前のゴンじいさんから、この洞での暮らしが続いてきたように、オレの後にも続いていくんだ。いや、続いていかせなくては・・!
[完]
(これまで長い話を読んで下さって、本当に有り難うございました。ロシアのウクライナ侵攻が長引いていて、核兵器使用の噂が飛び交う現状との落差に、何度中止しようかと思い惑いました。でも活きている野毛村の人たちを見捨てられませんでした。物語はどこまでも続いていくものですが、希望をはらむここらで、後は想像におまかせすることにいたします。
この後、昭和の頃のある村での、元気いっぱいの女の子の1年間の物語を『はちまんマリッペ』と題して、続けたいと思っております。ある時代の ある村での風俗、方言、行事なども含めて、これも歴史のひとこまのように思えます。
これを始める前に、「私の新刊:60年かけた宿題」を載せる予定です。これからもどうぞよろしく!)
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