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ツナギ3章(5)八木村集会で
その時の知らせとは、こういうことだった。
ハナと夫と2人で向かいの山へ山菜採りに行き、崖から落ちかけた夫を助けようとして、ハナもろとも崖下の沢に落下してしまった・・。夫は打ち所悪く即死、そしてハナは、2度と歩けまい、と思われたほどの骨折重傷を負った、という知らせだったのだ。
あれから3年たって、今ハナはカラムシのカゴを持ち、片足を引きずるようにして歩き出した。歩けるんだ! ほんとに歩けてる! うんと我慢して、頑張りぬいて、歩けるようになったに違いない。ツナギはその姿を見て、胸が熱くなっていた。
ツナギとサブが重いカゴを支えて、家に向かっていると、叔母夫婦が田んぼからミナを先頭に、駆けつけてきた。
「よく来てくれたねえ、じっちゃは怪我したって?」
息をはずませながら、タヨ叔母もツナギを抱きしめてくれた。
チノの先導で、八木村のオサが2人の男たちと共に来てくれた。ツナギの 遠縁に当たるドウグヤとイトヤだった。2人はツナギを笑顔でねぎらい、 すぐに山の道へと向かった。
オサはカゴの重さを確かめ、3重のカゴと見てとると、嬉しそうにうなずき、サブに目を止めた。
「やあ、サブか、背が伸びたな。親父のオサ殿は元気か? ゲンは?」
サブはうなずき返しながら、珍しく照れて口ごもった。
「元気なら、ま、いい。詳しい話は洞の親方に訊くことにしよう。5人なら、15個のカゴと、かなりの量の魚があるということだな。すぐに皆を 集めて、分け合うとしよう。それと、宿の割り振りもいるな。5人だな。今は病人が多くて、ちょっと問題ではあるが・・。この荷をまず、わしのうちへ運んでおこう」
叔父が進み出て、カゴを運ぶオサを手伝った。
叔母はツナギとサブを家へ連れて行った。家の後ろ半分がむしろで覆われていて、修理は終えていないようだ。
「ひどい揺れだったねえ。どこも家が崩れて、稲刈りも途中なのに、先に なんとか雨をしのいでから、稲に戻っているもので、両方ともまだ終わらないでいるのよ。そっちはどう?」
ツナギがサブの腕をつつくと、サブがやっと村の水没と全滅の話をした。 ツナギが村中に海の水が来ると知らせて、ひとりだけ助からなかったけど、他は皆無事だと。ツナギがその後を続けた、洞に村人全員が避難している話を・・。
叔母は目を丸くしていた。 「そんなにひどかったとは・・。海が押しよせてくるなんて、聞いたこともないわ。気にはなってたけど、こっちはこっちで手がはずせなくてね。洞が無事でよかったけど、じっちゃは年なのに、大変だねえ」
しばらくして、じっちゃがドウグヤに背負われて、叔母の家に着いた。シゲの重いカゴもイトヤが背負い、シゲはオリヤのカゴを背負っていたが、さすがのシゲも疲れた顔をしていた。
ハナは水を配ってまわり、シゲが右腕をわき腹に寄せたまま、ぎこちなく左手で受け取るのを、気にしている風だった。
「人に負ぶわれるとは、わしも老いたのう」
「じっちゃの年の人、この村にはいないよ。りっぱな隠居よ、ほんとに隠居すべきだったのよ」
叔母はじっちゃの娘だから、遠慮がない。じっちゃの足首に冷たい粘土を塗り、布を巻いて手当てをしながら、ずけずけと言った。そこへ叔父が戻って来た。
「オサの家に集まれだと、太鼓で知らせるそうだ。ツナギたち5人にも来てほしいが、その足で行けますか」 と、じっちゃを気遣った。
「なんのこれしきと言いたいが、もう一度お願いするか」 と、じっちゃが笑顔を向けると、ドウグヤも笑顔でうなずいて、がっちり した背を向けた。ツナギとサブもその後からついて行くことになった。
オサの手配は手早かった。各家の主が皆、オサの家の大広間に集められていた。まずじっちゃに話を聞き、野毛村全体の水没と、じっちゃの洞穴へ全員避難の実情が初めて伝わり、オサを初め、集まった八木村14軒の主人が驚いて騒ぎになった。
2つの村は、長い間の嫁や婿のやりとりで、濃い薄いの違いはあれ、野毛村に親戚を持つ者も大勢いたのだ。
「洞に全員預かってもらったとは、ありがたい。我らも家の修理と収穫を終えたら、少しでも迎えられたらいいが、病人が増えていてな・・」
オサは言葉を濁した。気を取り直すように、カゴ、干し魚、クルミ、薬草などを並べて、皆に選ばせることにした。自然薯だけはオサとタヨ叔母への土産とした。
「米と布を持ち帰るカゴは残してくれ」とじっちゃ。
「心配するな。3重か4重にした大布に、稲穂やもみ米をくるんで結べば、背負える。その紐も布に使える」 と、オサが返すと、皆がどっと笑った。じっちゃは照れ笑いし、ツナギはそんな方法があったかと、感心した。
「それより、その足の怪我だ。荷物は明日朝には用意できてるが、親方は 歩けるまで残るしかあるまい」
ツナギはええっとのけぞった。4人で帰る? 不安でいっぱいになった。 じっちゃはこう受けた。
「そうするしかないな。シゲ、頼むぞ。こやつは海からの大波にのまれて、いったんは行方知れずになって、もうダメだと思われたが、翌日に無事に助かった運の強い、芯も強い、大したやつなんだ」
座の皆がほうと声を上げて、シゲに注目した。シゲは恥じ入ったように、うつむいていた。