
6章-(5) 取り決め
それから1週間後、全ての稲刈りが終える前に、とうちゃんは旦那様に返事を申し上げた。
その上で、お願いも忘れずに申し上げた。
「2人を養女にして頂ぇて、言いにきぃことじゃけんど、たまにはうちへも顔を見せに来させてくだせぇますよう、お願ぇ申します。かよは帰ぇらせてもろうたび、母のちよに、線香をあげとりましたけん、縁を切らせるのは、切ねぇことですけん」
旦那様もおくさまもうなずいて、聞き入れてくださった。
「かよにゃ、嫁入り前の習い事をいくつか始めさせるけん、今までのようにはいかんじゃろが、ひと月に1度か、ふた月に1度ぐれぇなら、どうじゃろか。嫁入りすりゃ里帰りは、普通は盆と正月ぐれぇのもんじゃからのう」と、旦那様はフミおくさまを見返りながら、言った。
「今まで通り、月に1度でもええですよ。その時のお稽古のつごうもあるけん、時にゃふた月になるかもしれんけど」
と、おくさまは言って、すぐに言い添えた。 「おつるも、いっしょに行きたがりそうじゃけんど、2人で行くなら、そんときは日帰りにしてもろたら、どうですじゃろか。おふろや布団や、慣れんとこで、おつるが泊らしてもらうのんは・・」
と、言いかけた言葉に、余平とうちゃんは頭を下げて、 日帰りで、を承知した。確かに狭い家に2人が泊り、入浴するには、お屋敷とはあまりに違いすぎるのだ。
「これで決まりじゃな。役所に養女届けを出し、白神かよに名を変えてから親戚にも知らせて、お披露目することにするわな。余平さんも家族づれで、出席してくれにゃ。土日に決めりゃ、うちの息子らも、東京から帰って来るはずじゃ」
旦那様は心から嬉しそうに、そう取り決めて、さらにこう言った。 「かよ当人にゃ、わしから話した方がえかろう。正式に娘にするんじゃけ、新しい親のわしが言うことにするわ」
余平とうちゃんは、深く頭を下げて承知した。 「わしは口べたで、結果だけ言うて、あの子を驚かすだけになりそうじゃけ、お願ぇいたしやす」
と、ほっとしたようだった。
余平とうちゃんは、奥座敷をお暇して、じいちゃんの家へ行き、事の次第を報告した。
じいちゃんも驚いていたが、喜平おじさん夫婦と啓一が、腰を抜かすほど驚いてしまった。
「わしゃ、かよねえちゃんを、どう呼べばええんじゃ、けぇから」 「うむ・・まあ、そりゃ、かよ様かおかよ様じゃろうな。おつる様なんじゃけん」
と、じいちゃんが言った。 「ひやぁ、言えるかのう、ふうが悪ぃて、恥じかしいて」
と、啓一が頭を抱えたので、皆おかしがった。
かよはかよで、旦那様とおくさまの前に呼び出されて、決めごとを伝えられ、仰天していた。
「余平さんにも、三の割のご家族にも、みんな話して承知してもろたけん、しんぺぇせんでもええぞ。おつるのためにも、わしらにとっても、強ぇ願いなんじゃ。かよはお水神さまを、毎日ちゃんとお供えして、あの大雨の頃も台風の時もお参りして、わしら皆を守ってくれたようなもんじゃ。けぇからも頼むぞ。東京におるわしらの3人の息子らも、賛成してくれとるんじゃ」
丁寧に話してくださる旦那様に、かよは説得された思いがした。おくさまも脇から口を添えてくださった。 「おつるの姉として、けぇからは、同じように習い事も何も、隔ては無くしますけんね。あんたもおかよ様として、慣れにくいかもしれんけぇど、少しずつ慣れていっておくれね」
かよは台所の人たちのことが頭をよぎった。 「あの・・おキヌさんやおトラさん、おキヨさんに、どうお付き合いしたらええのか・・」 「そりゃ、わたしからお話しときましょ。皆、わかってくれますよ。特に おキヌさんは、あんたにゃ恩返しできんほど世話になって、と言うとりましたけんね。おつる様と同じにと、言えばそれですみますけん」
おくさまはさらに言った。 「けぇからは、おつるといっしょに、ひとへや決めましたけんね。。南側の明るいへやをな。もう下女部屋で寝るのは、よしにしんさい。今夜からもう布団は、おキヌさんに頼んで敷いてもろうてありますよ。おつるは先にもう眠っとる頃じゃろ」
おくさまが手を叩くと、近くで待っていたように、おキヌさんが現れた。
「おかよ様、あらためて、よろしうにお願ぇいたします。お荷物は、新しいへやへ運びましたけ、ご案内いたします」
おキヌさんはにっこりしてそう言うと、先に立って廊下へ出た。かよは旦那様とおくさまに深くおじぎをして「お先に休ませて頂きます」と申し上げてから、へやを出た。