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3章-(3) 土産はユキヤナギ
とうちゃんとあんちゃんが田んぼから戻ると、かよの奮闘ぶりで、きれいになった家の内外を見て、笑顔になった。
「おう、麦飯に米が見えるが!」
と、あんちゃんが喜んだ。せぇに、卵かけご飯を食えるんか! ととめ吉や すえといっしょになって、声を上げて喜んだ。3個の卵を5人でわけて、卵かけごはんにして、頂いたみそも、ちょっぴり乗せてかき混ぜて食べた。 そのおいしかったこと! 菜の花もおいしかった。
「かよ、ありがとな」
とうちゃんが、久しぶりの風呂の後、ぼそりと言った。
「おまえがよう働いたけん、おくさまがお札を3枚も下された」
と、とうちゃんはつけ加えた。
300円も下さったのだ、とかよは驚いた。100円札3枚なんて、うちにはないお金だった。これで米が買える、しょうゆも塩も砂糖も買える。なんとありがたいこと! 「うちにじゃのうて、かあちゃんの仏壇に上げて、と言われたんじゃ」 と、かよは言い添えた。
じいちゃんに聞いた〈間引き〉から生き返ったとうちゃんに、何か言いたいのに、思いつかなくて、かよはただにこにこしていた。とうちゃんがそこにいてくれるだけで、嬉しい。
「明日は早うに出ような。こっちの田の苗場の種を植えたし、一段落ついたけん、お屋敷の方の田の仕上げをせんと・・。かよも早う休め」
かよはうなずいて、納戸のすえととめ吉の眠っている寝床に,
もぐりに行った。
翌朝、かよは暗いうちに起きて、朝飯と味噌汁を作って、とうちゃんと2人だけですませた。それから、じいちゃんに借りた1升瓶を、大きな風呂敷にくるんで、背負うようにした。うちから何か土産を持って行こうにも、何も思いつかない。せめてもと、庭先のユキヤナギを折り採って、束にして紙にくるんだ。
あんちゃんはぐっすり眠っているらしい。すえととめ吉は夕べ寝床に入る 前に、また帰ってくるからね、と抱きしめながら言い聞かせておいた。昨日1日のうちに、何度すえを抱きしめてやったことか。すえも少しは聞き分けがよくなっていた。
とうちゃんと中島へ行く道すがら、かよはもうじき行く学校のことを、話してみた。 「うち、なんも持っとらんし、この着物でええんじゃろか」 「ええんじゃねぇか。まあ、わしもそのことを思うてな。かあちゃんの着物と帯とひもを2枚分持ってきたんじゃ」 とうちゃんは、背中の風呂敷を目で示した。
「へっ、かあちゃんのを? うちにゃ長すぎん?」 「着物はでぇじょうぶじゃ。ひもで案配すりゃ、長さはなんとでもならぁ」
それなら、うれしい、とかよは笑顔をとうちゃんに見せた。かあちゃんの 着物も、みな古びてるのはわかってるけど、かあちゃんに守ってもらえる ようで、それだけで心強かった。
とうちゃんがそのことを気遣ってくれたのも嬉しい。
日が昇って、あちこちの家々の屋根から煙が上る頃、ふたりは中島に辿り着いた。 一番に目についたのは、鶏小屋で騒いでいる啓一の姿だった。かよはすぐに棒きれを見つけて、鶏小屋の金網の外から,雄鶏をけん制した。
「助かったぁ」
啓一が卵を6つとれたザルを持って、小屋を出て来て、ひと息ついた。 「ねえちゃん、帰ってくれてうれしいよ」
ねえちゃん、だって! かよはくすぐったいけど、うれしくなった。
じいちゃんの家に入ると、とうちゃんは背中の風呂敷包みをかよに渡して、すぐにもお屋敷の納屋へと向かった。かよはその包みを、じいちゃんのへやに置かせてもらった。1升瓶もお返しした。
じいちゃんはかよが持って来たユキヤナギの束を見て、言った。 「いいもの持ってきたなぁ。このお屋敷にゃ、ないけん、わしがその半分を、どこぞへ挿し木しておいちゃるわ。白い小花ちゅうのも、きれえなもんじゃ。残りの半分はお屋敷の台所へ届けてやりゃええ」
ヨシ伯母に,朝飯は?と訊かれたので、手を振ってすませてきたと身振りで知らせた。
かよはすぐさま、お屋敷の台所へユキヤナギを持って向かった。