3-(4) 試練
ずっしりと重いまあくんを、たたみの上にねかせた。まあくんは喜んで、 寝返りをうとうとする。それを押さえつけて、おむつをはずそうとしたら、あっこちゃんが叫んだ。
「くちゃい、くちゃい、うんちしとるで」
うんち! 初めてのおむつがえなのに、重荷すぎる! マリ子はにげ出したくなった。
すると、おばあさんが助け船を出してくれた。
「おむつを1枚ぬらしてな、ようふいてやって。その前に古新聞を、おしりの下にしいてやるといいよ」
やるしかない。マリ子はかくごをきめて、古新聞をしき、おむつをかえに かかったが、これは大汗ものだった。まあくんはとにかく元気で、寝返って、はいまわりたがる。
「まあくん、気持ちようしてあげるけんな」
マリ子は声をかけながら、ぐいと押さえつけ、汚れたおしりをぬれおむつでふき上げる。手早くしなければ、負かされそうだった。
やっとふき終ると、まあくんはおしりむきだしのまま、くるりと寝返って、新聞紙をくちゃくちゃにし、はいまわり始めた。
マリ子は汚れたおむつを裏の井戸ばたへ運び、専用のバケツに入れておいた。それからとって返して、まあくんに新しいおむつを着せなくては・・。
まあくんは声を立てて笑い、にげようとするのを押さえつけ、なんとか おむつをかけ終えて、マリ子はほっと肩を落とした。
でも、それで終わりではなかった。庭から戻ってきたおばあさんに言われたのだ。
「マリちゃん、手を洗う前に、おむつを洗うといてな。この暑さじゃあ、臭うなるけん」
「はい」
マリ子は思わず返事していた。でも、ちょっぴりむっとした。自分で片づけるつもりでいたのに・・。ただ、むくれているひまなんかなかった。井戸 ばたへまたとんで行った。
黄色い汚れ物がべったりついたオムツを洗うのは、ちょっとした〈試練〉 だった。つるべで井戸水をくみ上げて、振り洗いでざっと落し、水をかえ、せっけんをつけて、もみ洗いしてすすいだ。
おかあさんのおっぱいを飲み、おかゆややわらかいものを、ほんの少し食べるだけの赤ちゃんが、こんなにひどい臭いものを、こんなにたくさん出す なんて! ほんとにふしぎ! でも、そうして、どんどん大きくなるんだ。3,4年であっこちゃんくらいに、10年であたしくらいに? うわあ!
マリ子はいつのまにか〈きたない〉という感じが、うすれているのに気づいた。きれいになったおむつをさおに通して干し終えると、マリ子はうれしくなった。冷たい水は心地いいし、汚れ物がきれいになるのは、気持ちのいいものだ。
台所に戻ったら、もっと気分がよくなった。おばあさんがこう言ってくれたから。
「助かるよ、マリちゃんに来てもろて。子どもらもよろこんでるで。さ、
おあがんせぇ」
おばあさんはサイダーのコップを差し出した。マリ子は、まあくんをだっこして、あっこちゃんと並んで、ごちそうになった。
昼どきに、林のおじさんがリヤカーを引いて、一団になって戻ってきた。 イグサはまた道ばたに広げられ、たちまち家近くの道はふさがっていった。
「夕立になるかのう」
日傭さんのひとりが声を上げると、みんないっせいに空を見上げた。マリ子も見た。西の空に、大きな入道雲がもり上がっていた。
「来るかもしれん」
と、無口な林のおじさんがつぶやいた。
イグサ干しは雨が最大の敵なのだ。ぬれれば、染めがはげ落ちるし、手早く干し上げなければ、くさったりカビが生えたりする。
上質のたたみ表を作るには、土用の暑い間に、雨に合わせずにイグサを干し上げなくてはならないのだって。マリ子はおばあさんに、教わった ばかり だった。
林のおばさんは、朝と同じように大忙しだった。おばあさんを少し手伝って、それからおじさんの後から自分の食事をすませる。それから、まあくんにおっぱいを飲ませていた。
マリ子はまた日傭さんたちの給仕を手伝った。その後、板場の小さい食卓で、あっこちゃんといっしょに昼をすませた。
昼休みくらい、タバコを吸って休むのかとマリ子が見ていたら、とんでもない。林のおじさんは食事を終えるとすぐ、庭先へ出て行き、日傭さんたちもあわててタバコをもみ消して、追って行った。おばさんもまあくんをマリ子にわたした。
イグサ刈りは、時間と太陽との競争なのだ。