8-(7) 決闘したんか!
角を曲がって、のっそり姿を見せたのは、ゴリラ校長だった。マリ子は逃げ出したくなった。校長先生には見られたくなかった。
すわっている2人に気付くと、校長先生は目を丸くした。足音をしのばせるようにして近づいて来て、2人の真ん中にしゃがんだ。
「戸田先生とこのマリちゃんと、大熊くんか。どしたんじゃ」
先生はちゃんと名前を覚えていた。マリ子はますます居心地が悪くなった。マリ子のしたことは、おとうさんたちに知らされるのだろうか。
校長先生は2人の汚れた手足や、血のにじんだ傷口をかわるがわる見た。 そして答えを待っていたが、マリ子はかたく口をむすんでいた。告げ口屋 にはなりたくない。田中先生が気に入らないとしても・・。
「早う汚れを落として、傷の手あてをせんとな」
校長先生の言葉がしみたみたいに、昭一は泣きそうな顔でうなだれた。
「よっぽどとっくみあったんじゃな」
とさぐられると、昭一はこくんとうなずいた。ひどく素直だ。それから ぼそっと言った。
「決闘して・・」
校長先生の目は、またまん丸になった。
「決闘したんか! そりゃまた、理由は・・」
「・・理由は・・」
昭一は言いにくそうに、小さい声になった。
「・・わしが・・ひいきもん・・て・・」
校長先生は小さく何度もうなずいた。それから2人の頭に手をのせてこう 言った。
「決闘は1回きりじゃな。もうせんな」
マリ子はだまってはいなかった。
「そりゃわからん。ぶじょくされたら、またやるかも」
「わかった、わかった。そんなら、こんどやる時は、わしも呼んで くれんか?」
校長先生のひそめた声が、あまりに楽しそうで、2人は思わず先生の顔を 見つめた。その目はいたずらする時のように、かがやいていた。
「先生も見たかったん? そんなら、ええよ」
マリ子がうなずくと、昭一がきっぱり言った。
「わしゃ、もうせん!」
「ハハハ、そうかそうか、ハハハ・・」
校長先生のおさえた笑い声に、マリ子までつられて、思わず声高く笑った。昭一に〈ひいきもん〉とよばれることはもうない、ということだもの。
その時、教室の戸がまたがらっと開いた。
「何を笑うかっ。罰で座っとるくせにっ」
田中先生はどなったあとで、校長先生に気づいた。そのときのあわてぶり ときたら、見苦しいほどだった。
マリ子たちは職員室に呼ばれるかわりに、保健室につれていかれた。その後教室に戻ると、2人の姿は、このクラス始まって以来の、大笑いをひき起こした。赤チンとバンソウコウだらけの勇姿だったから。
そして、たぶんこれは、校長先生のおかげだと思うが、親たちには連絡されずにすんだ。
(ただし、マリ子の傷と赤チンに、おかあさんは心配の限りをしたけれど・・。)
田中先生はおそらく、校長先生と話し合うことになったにちがいない。 先生はその日、帰りの会で、いつもよく口にするひとことで、この事件を しめくくった。
「女は女らしう、男は男らしうするもんじゃ!」
その言葉に、女生徒がどれほど反発をつのらせていたか、先生は気づかないままだった。
先生はその後、マリ子を敬遠しているようだ。図画や習字の特別あつかいをしなくなった。だから、マリ子は今は〈ひいきもん〉と呼ばれてはいない。マリ子のはちまんぶりに、クラスの男子がおそれをなしたのかもしれなかった。
〈学校すごろく〉は、だから今のところ、〈地獄〉から抜け出して、〈1回お休み〉らしい。
お兄ちゃんは、マリ子の決闘の首尾を聞いて、大喜びした。
「そのちょうし! またやったれ!」
無責任にも、マリ子をけしかけた。自分のことだと小さくなってるくせに、マリ子には兄貴風を吹かせるいいチャンスなのらしい。
そしてゴリラ校長が、マリ子の2度目の決闘を見たがったと聞くと、ます ます喜んで、本気でマリ子のあと押しをする気になっている。
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