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5章 (10) 8月 変てこな家・新本!

私はついに1日として遊ぶこともなく、夏休みを過ごしたお馬鹿さんです。でもないか。音楽会に1度、映画に1度行ったわ。大工と左官が来ていて、壁の色は? 棚の高さは? とか、いろいろ私に聞きに来るの。私がいないとミスタ・Mのせいで、おかしくなるの。お客様用に、手洗い場を玄関ホールの脇につけたの。碁会をすることが多いからね。楕円形のクリーム色の、優しいかっこいい洗面台を入れてもらうつもりが、出来上がったのは、理科室の実験器具洗い場みたいな、雑巾洗い場みたいな、四角く、30cmも深くて、底の真ん中にへこみがあって、なんとも奇妙で、私の夢は砕かれたの。この器具はきっと、工務店の物置にでも置きっぱなしになってた品で、あぶれ物なのよ。全体の費用との兼ね合いで、安くすませるため、あり合わせの器具を使ったんだ。

Mいわく「棟梁が考えてくれたんだから、2年ほど我慢して、その後、よその大工に直してもらおう」って言ったの。大金払って、大きな家を建てるのに、思い通りにできないなんて、眠れないよ。こういうのが幾つかあるの。Mが棟梁に惚れ込んでて、その人に悪いから、言いたいことも言わないなんて、焦れったいったら。(結局、現在に至るまでの30数年間、同じ洗面台のままなのだ)

家中の柱や木の部分は、ヒノキがほとんどで、ほんの少しだけ壁の隠し板として、スギ材が使われてるけど、木の香りがいいの。それにしても巨大な贅沢な家だけど、なぜかアンバランスで、ちっとも洒落てなくて、実用本位の、無骨でダサくて、誰かさんにそっくりだわ。

所変わって倉敷では、長兄が新築の6階建てのビルの、2階を住まいにして1階は新しい電気店になっていました。車椅子で、4年ぶりに、母にビル住まいを見せるため、妹と私と兄と新しい兄嫁さんの4人がかりで、病院から連れ帰り、外泊させて、翌日病院へ戻る形をとりました。母は、もう1歩も歩けないし、流動食のみですが、意識はしっかりしていて、顔色もよく、口は聞かないけれど、よく観察しているようでした。近々、特別養護老人ホームへ移ることになっています。

兄はこの1月に3度目の結婚をしたのです。1度目は死別、2度目は離婚で娘は連れて行かれ、次に結婚するつもりだった人は、兄から店1軒とマンション1室とお金を搾り取った上、よその人と結婚してしまうという、阿漕な女性だったので、結婚は諦めていたら、いい人を紹介されたようで、高2の息子と小6の娘を連れ子に、母子でこのマンションに移り住んでいました。

兄は生まれて初めて、本当に幸せを掴んだ、という顔で「去年の夏は、地獄だった、こんな日がくるとは、夢にも思わなんだ」と言っていました。私もほっとして、実家らしい場ができた気がしました。

と、ノートに書いていたら、あなたの本『チコと空とぶバッチン』が届きました! 裏表紙の裏を見たら「わくわくライブラリー」の1冊にこれが入ったのね。そして、最下段のところに、私の最新作『あじさい寮物語1:白いカーネーションの秘密』が入ってたの!  上から順に、森山京『星ふり高原夏ものがたり』、斎藤洋『ドルオーテ』、安房直子『おしゃべりカーテン』、いせひでこ『マキちゃんのえにっき』、三輪裕子『緑色の休み時間』、末吉暁子『まちこさんのふしぎな海の旅』・・など、現在、有名な人たちばかりが並んでるじゃない。あなたと同じ場に、私の作品が並ぶことがあるなんてほんとに夢にも思わなかったわ。私って、よほど強運に恵まれているのね。

バッチンとは、チコの家のきたない〈じゅうたん〉のことで、ある日、行方不明になったと思ったら、チコの親友の家の裏庭に落っこちてた。実はバッチンは〈空飛ぶじゅうたん〉だった、という、面白さ満載で、こんなじゅうたんが実在するかも、と子どもに信じ込ませるケシカラヌ作品だよ。大人でも、ありそうな気にさせられるもの。
終わり方がとてもいい、と思いました。鈴木まもる氏の絵の可能性の、幅広さにまた敬服しました。こういう影絵的なのも思いつけるのが、とても素敵です。

私の最終引越しは、9月23日頃、と棟梁に言われました。その前に、少しずつ荷を運ぶ予定です。

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