14-(5) かんじんの主役が
問題は、実はマリ子のピーター・パンだった。秘密を長くたもつには、講堂で大ぴらに練習できないのだ。あまりに人目を引きすぎた。
一度だけ体育の時間に頼まれて、みんなと金子先生の前で、特技をひろうしてみせた。さかだち歩き、とんぼ返り、とび箱とびに、3回の連続側転までおまけをつけた時には、先生はびっくりぎょうてん、目を丸くした。
もちろん、1組の初めて見た人たちも、おどろきのためいきをつき、長い 拍手をくれた。
「これだけできりゃ、充分じゃ。ええぞう」
先生はうれしそうに、ひときわ大きな拍手を続けた。
「戸田はいつそげんな技を覚えたんじゃ。だれかに習うたんか?」
問われて、マリ子はちょっと考えた。やっぱり、あれしかない。
「いとこのお姉さんが、高校の体操の選手なん。県大会によう出るけん、 瀬戸の家の庭で練習しとるのを見とって、まねしとったら、できるように なったんじゃ」
ひとつ年上のいとこのミドリは、側転どころか、さかだちも開脚もできなくて、すぐにあきらめた。でも、マリ子はおもしろくて、お姉さんが練習しているのを見ると、かならず寄って行って、まねしたのだった。血のつながりもあるのかもしれない。
でも、そんな芸当は、教室では場所がとれないのだ。講堂は下級生や上級生の踊りや歌や劇の練習で、たいていふさがっていた。
「舞台のけいこは、もっと近うなってからしかできんな。当分は本読みと せりふ覚えと、だいたいの動作ということにするか」
というわけで、問題は先送りになったようなものだった。
講堂の舞台の上で、本式のけいこが始まったのは、あと5日で当日という 日だった。それまでに、マリ子もかなり準備は整っていた。
衣装はおかあさんが作り上げてくれたし、せりふの相手は、お兄ちゃんが 毎晩やってくれた。どうにかせりふも入って、場面の順序も、もうかんぺきに頭に入っていた。
ところがどっこい、だった。実際に舞台の上を、ヒューと走り、連続側転をくるくるっとやってみせると、その後のせりふがふっとんでしまう。さか だちした後もやっぱりだめだった。マリ子には、すばやい動きとせりふとは別の世界にあるみたいなのだ。
あっちこっちで、マリ子のせりふは消えて、間があいてしまう。先生は腕をくんで、首をかしげていたが、しまいにナレーターの三上裕子をよんだ。
「あのな、戸田のせりふをマイクを使わず、小せえ声で言うてやれ。本番の時もじゃ。プロンプターというてな、本物の劇にもやることがあるんじゃ」
「はい、わかりました」
それからは、台詞の出だしを裕子が教えてくれて、なんとかうまくいくようになった。