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 4章-(7) 着物を頂いて

翌朝、かよはヒヨコがわらの敷物にくっつき合って寝ているのを見届けて、家を出た。

橙色のツバキを紙にくるんで、朝もやの中を歩きながら、これからやることが次々浮かんで、足取りがどんどん速くなった。

みさにあんちゃんととうちゃんの名前の字を教わらんと。そして、今度帰る日、ほんまにみさを、うちへ連れて来れんかな。みさが父のあばれの作造に、怒られるじゃろか。それが気になりながら、同時にワクワクしていた。みさのことだもの、とうちゃんの言うことの反対をしてやるんじゃ、と言ってたし・・。きっとついてくるわ。でも、朝早うに、おっちゃんに黙って、つきあいを禁じた家に行ったとわかったら・・。

かよはそのことは、なるようになることにして、帰ったらみさにおつるさまを見せてあげよう、と思い出していた。

お屋敷について、じいちゃん宅へ寄ると、じいちゃんがまたかよの持って 来た橙色のツツジを「いい色だ。うちの庭に植えてみよう」と、ひと枝抜き取った。

台所へ行き、おキヌさんにツツジを見せて、手洗いの花を替えておきます、と伝えた。

おキヌさんは、忙しそうに朝食の支度をしていたが、かよに話があるんよ、それ早うすませておいで、と言われた。

かよはユキヤナギとツツジを挿し替えたが、ユキヤナギをそのまま捨てて しまうのが切なくて、手洗いの裏へ回って、地面の隅に枝をさしておいた。根がついて、生き返りますように、と手を合わせて、台所へ戻った。

おキヌさんがせっせとまな板の上で、青菜を刻みながら、かよに言った。

「おくさまがかよちゃんの着物を探してくれなさってな、3枚も・・」
「えっ!  そげんに? どげんしよう、うち、困るが・・」

「そう言わんと、着て上げるんも、供養になるし、おくさまが喜びんさる  けん、着てあげてな。優美お嬢様は7歳じゃったけど、背の高けぇお子で、かよさんがそのまま着れそうなんじゃ。ただ、袖が長すぎるけん、1枚だけ、前の着物みてぇに袖を少し縮めといた、今あのへやで着てみせてぇな」

おシズさんが掃除がすんだらしく、雑巾を外に干して、かよの背を押しながら下女べやへ付いてきた。着せてくれるつもりなのだ。たたんだ着物が3枚重ねてあった。

絹の淡い桃色の地に、桜やちょうちょ、小鳥などが飛んでいる図柄で、なんとも美しい色合いだ。かよから見れば、お正月にさえも見たこともない着物だった。他の2枚も、えんじ色や青色の地に模様が飛んでいる。

おシズさんが着せてくれて、帯は濃いえんじ色の兵児帯をふんわりと締めてくれた。

「おくさまにお見せして、お礼を申し上げて来んしゃい」
と、これはおキヌさんが言う。

かよはおくさまの寝室へひとりで向かった。心に決めた言葉があった。言わなくては。

おくさまはつるを側に寝かせて、添い寝しているところだった。旦那様は先に起き出して、毎朝散歩を兼ねて、遠くの田んぼから見て回っておられる。

「おはようごぜぇます。着物を有り難うごぜぇました」

かよの声かけに、おくさまは身を起こし、座り直して、        「まあ、よう似合うて・・。ほんまに、優美が戻ってきたような・・」
そこまで言うと、目をうるませた。

「おくさま、うちは学校へ行く時は、いつもの着物で行きてぇんです」
かよは思い切って、口にした。                   「学校じゃ、走ったり、追かけっこしたり、このきれぇな着物じゃと、もったいのうて、できんですけん。ほかの子らが着物にえんりょして、いっしょに遊んでくれんのが、うち辛ぇんです」

「そうじゃったの。汚したって、ええんじゃけどね。おかよが着物で辛ぇ思いするんなら、今まで通りにしんせぇ。うちへ帰ったら着がえして、おつるを抱いたりしておくれ。おつるには、きれえな物を見せてやりてぇと思うてな。今日1日ぐれぇ、その姿でおられぇ」

「ありがとうごぜぇます。無理言うてすまんです」

これで、みさとも自由に遊べる、とかよはニコニコして、おくさまに深く 頭を下げた。おくさまが気持ちをわかってくれる方で、なんと有り難いことかと思った。

おつるは乳をたっぷり飲んで、ほおをふっくらさせて眠っていた。おくさまはいとしそうにおつるを見やりながら、穏やかな笑顔で言った。

「ええ子に育ちよる。よう笑うてよう泣いて、かわいいもんじゃわ。あんたは大人になるまで、生きにゃおえんよ。もう哀しい目に合うのは、こらえて欲しいわ」

夕方の散歩の時、かよはその着物姿で、お地蔵様のところへ行ってみた。 遠目で見つけたのか、みさが待ちかねていたように、駆けつけてきて、 「きれぇな着物じゃな。側へも寄れんが。おつる様だけは見てぇけん、見たらすぐ帰るわ」

「そげんこと言わんで。学校にゃいつもの着物で行くことになったんじゃ。おくさまにお願いしたんよ。帰ったら着替えして、おつる様にゃきれぇな ものを見せたいんじゃて。うち、あんたに字を教わりてぇから、この着物で恥ずかしいけど来たんじゃ」

「ふうん、そうなんか。おくさま、よう聞き入れてくれんさったんな。見直したわ」                                みさはそう言うと、ねんねこの中のおつる様を、あきるまで眺めて、顔を ゆるめっぱなしだった。

かよはその場で、みさからあんちゃんのカズオと、とうちゃんのヨへイの文字を教わって、今日もいい日だった、と思いながら、お屋敷へ帰った。

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