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1章-(6) 文化祭まで

9月はクラスの全員が、文化祭熱に浮かされて、先生たちが苛ついたほど  だった。

若杉先生は、国語の時間にわざと抜き打ち漢字テストをやらせたり、国語のテキストの『鶴女房』の台本の部分を、よひょうとおつうの台詞を、数組に当てて、感情こめて読ませる競争をさせたりした。香織も横井さんと2人で当てられた。よひょうの横井さんが声色を使って、上手にやってくれたので、香織はそれに合わせ易くて、終わった時、大きな拍手を受けた。         横井さんはとっても嬉しそうだった。

英語は The Doll's House が順調に進んでいたが、数学の高田先生の〈多角形の面積〉の計算は、香織には沙織姉に教わっていても、応用問題を出されると、お手上げで、後で佐々木さんや前田さんに教わったりした。

文化祭もあと1週間と迫ってくると、放課後に各グループが、せわしなく  駆け回っていた。
三上さんを中心のオペレッタ組は、講堂の舞台の上で、最後の仕上げに入るし、教室での〈特技展〉では、小型のピアノを教室へ運びこんだり、花道のお花を並べる細長い机を運びこんだり、力仕事も多かった。

香織の20枚の額縁モチーフは、直子の手伝いもあり、教室に運ばれて       いた。机を並べて、その上に全てを並べた時の、壮観なこと!みんなが     まわりを取り囲んで、歓声とため息と拍手が起こったほどだった。

「あと4枚は仕上がると思う」
と、香織はつけ加えておいた。

専属の内田、前田、芦田の3人の他に、佐々木と松井委員長も加わって、  どう展示するか議論になった。壁に貼りつけるか、壁に釘を打って、ぶら  下げるか、黒板の溝に並べるか、細長いテーブルに寝かせるか。それぞれに、2枚ずつ「好きランキング」と「買う希望者欄」の紙を、脇につけるか、下にぶら下げるか・・などなど。

議論が始まると、他の人たちも意見を言い出し、どれが一番目について、  美しく魅力的に見えるか、実際にやってみよう、ということになって、あれこれ動かしては、試しあっている。

香織はその間も自分の席で、モチーフに集中して編み続けていた。そういう時の無限に静かな思い、次のひと目が何色になるかに、気を向けるだけの  無我の状態にあり、周囲の騒ぎには、目も耳も向けてはいなかった。

最終的に、やっぱり見本として壁にぶら下げて、その下のテーブルの上に、番号をつけて2枚の書きこみ用紙を並べるのが、一番すてき、ということになった。

「みなさん、どうなってますか?」と、ミス・ニコルが1B のクラスに入るなり、声をかけた。テーブルの上に並んだ、20枚の額縁モチーフの実物を見て、先生は声を上げた。                                                                           「オオ、ソー メニイ!   マーベラス!   ソー ビューティフル!」

佐々木委員長が、壁にぶら下げて見せるのに、釘を打ってかまわないか、 先生に問うてみた。
「それは、用務員に頼んで、長い横棒を打ち付けてもらい、そこへ釘を打てばOKですね」
と、ミス・ニコルは応えた。

「先生、茶色の板のままより、その横棒を壁と同じ薄ベージュ色に塗れば、素敵になると思います」
と、これは油絵を提出予定の鈴木さんが、提案した。
「ザッツ、ア グッド アイディア!」
「私、用務員さんにお願いしてくるわね」               と、松井委員長が飛び出して行った。
「私、ベージュ色を用意しておくわ」                  と、鈴木さんが、心得顔で言ってにっこりした。

香織はミス・ニコルにすぐ側で声をかけられて、初めてはっと顔を上げた。
「ズイブン  ガンバリマシタネ。サンキュー!  I owe you so much! 」
ミス・ニコルは香織の手元の編みかけのモチーフを、見つめながら、香織に握手を求め、香織の右手を、両手で握りしめて揺すった。

準備はどんどん進んでいたが、実際に壁に掛け並べるのは、文化祭前日に  しよう、と決まった。それまで、大阪からママが送りだした時の、大きな  ダンボール箱に納めて教室のすみに置き、帰る時は、教室にカギをかける  ことになった。

花を生ける人たちも、油絵やマンガを並べるのも、実際に置くのは前日に  なるので、教室の中は準備の品々が、所狭しと並べてあった。バケツに水と花々と花瓶8個、お琴3張、ギター1挺も、ピアノと並べて置かれていた。

クラスの出品物のビラも、美術クラブの人たちが、鈴木さんを中心にして、華やかなものを刷り上げていた。これをなるべくたくさん印刷して、当日、開門時に来客たちに配布する人たちも決められた。

前日のクラスのごった返しになった事ったら! 香織はこの1週間で、額縁モチーフを4つも増やしていたので、内田、前田、芦田の3人は、新たに 場所を作ることになった。用務員さんに、もう一段棒を打ち付けてもらい、1段に間隔を置いて、12枚ずつ釘を打ってぶらさげ、それが重なり合わないよう、ずらして間に入れるようにした。鈴木さんがこの板も薄ベージュ色に塗ってくれた。壁一面が額縁モチーフで埋められた感があった。

「わああー、すごいや!オリ、バンザイだわ!」            横井さんが教室に入って来るなり、飛び上がって叫んだ。壁に並べ終った時、ちょうどオペレッタの人たちが、講堂から戻って来たのだ。

「ほんとにすごいねえ」                            と、三上さんが拍手を始めた。クラス中がいっしょになって、香織の方を 向いて、大拍手となった。香織は首をすくめて、恥じ入っていた。

「ほら、ここに寄付金箱も置いてるのよ」               と、これは前田さん。大きめの箱だ。
「希望した人は、先にここへお金を入れてもらって、名前と住所とTELも 書いてもらうの。2人だから楽だけど、送り出すまでが、私たちの仕事ね」
と、内田さんが、責任者らしくきっぱりと言った。

「金額を決めないでいいの?」と芦田さんが遠慮がちに訊いた。

「いいのよ、寄付金だから、その人がこれくらい出そうと思った額で、いいんじゃない?」
と言ったのは、松井委員長だった。
「そうね。ミス・ニコルはきっとそう望んでいらっしゃるわ」
と、佐々木委員長もうなずいた。

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