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2章-(7) ミス・ニコルと宝物

6時起きしてざっと身繕いし、7時の朝食までに、数段編む。掃除当番の 心配をしないですむのが、なんと有り難いことか! 朝食をすませると、  歯みがきをすませ制服に着替え、登校の準備を終えて、また数段編む。

その間に、直子がクローゼットの中の荷物を、ボストンバッグ、リュック、紙袋などに詰め始めてくれている。へや引越しの日に備えて・・。

登校すれば、下校まではニットのことは完全に忘れることにする。そんな時にも、内田さんや前田さんたちが、香織を見守ってくれているのを感じる。 隣席の横井さんは、次の日曜日が寮内の〈へや引越し〉の日と、どこからか聞いてきて、手伝いに行くよ、いいでしょ、ともう決めこんでいる。

夕方の散歩は、ラジオの録音を聞きながら、いつもの道をたどる。大きく 深呼吸を何度もしながら・・。ミス・ニコルが待っていたのか、垣根越しに道を覗いていたが、香織を見かけると、笑顔になって手招きした。

「やっと全ての計算が終りましたよ。あなたにお渡しする〈材料費と送料と手間賃〉はこうなりました。はい、どうぞ」
と上着のポケットから、先生は四角い封筒に包んだものを手渡してくれた。

「頂いていいでしょうか? せっかく皆さん寄付してくださったのに、申し訳ないです」
「いいえ、これは当然のお代です。5万5千円入っております。少ないですけど、ほんとうに有り難うでしたね。これから送り出す送料は、内田さんと前田さんにお渡ししてあります。それでも、寄付金として、50万円ほど残りました。新聞社と出版社からの礼金もありましたからね。あなたはこの先も、モチーフ作りが続きますけど、無理はしないでくださいね。少しくらい遅れても、気にしなくていいのよ」

香織は押し頂くようにして、封筒を受け取った。

「あなたにお伝えだけはしておきますけど、実はね、あなたのことが新聞 の記事になって以来、婦人雑誌社から3件、編み物関係の出版社から3件、週刊誌社から2件も、取材申込みの電話があったのです。でも、今は対応 できません、高一の学生ですからとお断りしておきましたけど、あなたに 直接言ってくることがあるかもしれません。あなたはすでに注文に応える 仕事を抱えているのだから、安易に応じてはいけませんよ」

「はい、それはわかります。寮の3年生24人に卒業式までに欲しいと、 頼まれていますし、それも叶えられるかどうか・・」
「そうでしたか。未来には繋がっている事だけれど、今は他の勉強も大事 ですからね」

香織が頷くと、ミス・ニコルは話を変えるように、嬉しそうに言った。

「私のカーディガンもようやく仕上がりましたよ。あなたの頑張りを見て いたら、あおられました」
と言いながら、ミス・ニコルは家の中へ香織を招じ入れ、ソファに置いた、カーディガンを示した。薄紫色にピンクのバラがしっとりと落着いて、しかも華やかに仕上がっていた。

香織はその編み目の細かさと美しさに打たれて、拍手しかけた手を止めた まま、言葉が出なかった。

「これで1年もかかりました。忙しい年でしたからね。でも、出来上がると、ほんとに愛おしくて、大事に着ようと思っています。私の宝物です」
「私もそう言える品を作りたいです」
と、香織は自然にそう言えた。

「あなたのあのハイドレインジアも、りっぱな宝物ですよ。ひとつひとつの花の命が、長く残されたのですから。しかもたくさんの人を喜ばせて、それぞれの手に、渡ろうとしているのですから」 

香織はキャンパスを1周して寮へ戻りながら、ミス・ニコルの言葉が何度も思い出され、嬉しさが胸に広がって、心が大きくふくらんでくる気がした。

その高揚感で、夕食までに1枚の半分以上まで編めて、後は黙学後に回す ことにした。

9時過ぎ、黙学時間が終ったとばかりに、野田圭子からのTELに、香織は 呼び出された。
「昨日の午後、辰夫君といっしょにオリに会いに行ったのに、行列に並んで、やっと入れたと思ったら、オリは休憩中だって! 悔しいったら! 辰夫君を見せびらかしたかったのにい!」
「来てくれたんだ、ありがとね。会えなくて残念!」
「だけど、あの壁にずらっと並んだアジサイニットには、度肝抜かれたわ。オリ、あんなにたくさん作ってたんだねえ! 尊敬しちゃったよ! 辰夫君もすっげえ!って何度も言ってた。だけど、欲しかったのに、買えなかった。それも悔しい! いつか作ってよね、このあたしにも、きっとよ!  寄付だけはちゃんとしといたからね」

「ごめーん、疲れちゃって。人疲れかな。1日目でダウンして、休憩が入ることになったのよ」
「だろうね。あの廊下の列の騒ぎを見てたら、オリはぶっ倒れてもムリない、って思った。でも、いつかお願いだからね」
「うん、ずっと先のいつかね」  

その後、30分ほどニットを取り上げ、1枚は終えられなかったけど、明日朝に回すことにして、入浴をすませ、1日を終えたのだった。

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